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控訴審
2006 / 11 / 24 ( Fri )
控訴審期日決定いたしました。

平成18年 (ネ) 第5277号 損害賠償等控訴事件

東京高等裁判所第23部 820法廷

2007(平成19)年1月29日(月) 午前10時30分

傍聴、ご支援よろしくお願いいたします。

「婚外子」差別に謝罪と賠償を求める裁判を支援する会
Association for the Support of Children out of Wedlock

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控訴理由書
2006 / 11 / 06 ( Mon )
はじめに

平成17年 (ワ) 第1080号 損害賠償等請求事件について、東京地方裁判所民事第39部合議A係は、平成18年9月29日に判決を下した。しかし、裁判官等は、控訴人の請求の趣旨について錯誤を犯しているようである。

判決文の第3 争点に対する判断の2の(2)のエ(37頁下から3行目から38頁2行目)において、
「なお、除籍等が使用される典型例である相続関係の証明の場合においては、除籍等中に改製されたものがあるときには、改製前の原戸籍の謄本の提出も求められるのが通例であるから、結局、除籍等について更正及び再製を求める原告の目的を達することはできないと考えられる。」と述べている。

この訴訟において、いったい、いつ、控訴人が、「除籍等について更正及び再製を求め」たのか。裁判官等は訴状並びに原告準備書面等を、よく読んでいないか、あるいは請求の趣旨をよく理解していないのではないか。

控訴人は現行の戸籍以外の関連する戸籍の「女」という続柄差別記載が、法務省の求める申し出を行っても、更正及び再製を拒否されたことと、今後も差別続柄記載が80~100年の長きに渡って維持されることによる、精神的苦痛とプライバシーの侵害について、損害賠償と謝罪文の掲載を求めているのである。控訴人は、この訴訟において「除籍等について更正及び再製を求める」ことを目的とはしてはいない。
控訴人の現行の戸籍以外の関連する戸籍に、改製前の原戸籍が含まれていれば、当然にも損害賠償等の請求の対象としたまでのことである。

控訴人の請求の趣旨を取り違えるような裁判官では、およそ判決の名に値するものが下されようはずもない。

1.パブリックコメントについて

総務省のパブリックコメントについての見解は以下の通りである。
http://www.soumu.go.jp/gyoukan/kanri/a_07.htm

パブリック・コメント手続とは、行政機関が政策の立案等を行おうとする際にその案を公表し、この案に対して広く国民・事業者等の皆さんから意見や情報を提出していただく機会を設け、行政機関は、提出された意見等を考慮して最終的な意思決定を行うというものです。
特に、国の行政機関が新たな規制を設けようとしたり、それまで行っていた規制の内容を改めたり、規制を廃止しようとする場合には、そのような機会を設けなければならないことを閣議決定(平成11年3月23日)し、平成11年4月から実施しています。

本手続は、国民・事業者等の皆さんの多様な意見・情報・専門知識を行政機関が把握するとともに、行政の意思決定過程における公正の確保と透明性の向上を図ることを目的としています。

判決文の第3 争点に対する判断の2の(2)のイにおけるパブリックコメントについての付言(36頁)は、パブリックコメントの趣旨を理解していない。

「一般社会における多数の見解がパブリックコメントにおいても多数意見となることが保障されているものでもない。」と述べて、裁判官等がパブリックコメントの目的を理解していないことを露呈している。

このように、パブリックコメントにおいて求められているのは、「一般社会における多数の見解」などではない。行おうとしているのは、「多様な意見・情報・専門知識」を把握することである。「行政機関は、提出された意見等を考慮して最終的な意思決定を行う」際には、合理的判断を行うのは当然である。

原告側準備書面(3)の「第2パブリックコメントについて」で述べているように、専門知識を持つ弁護士等の意見が、合理的な理由もなく排斥されて、行政事務の事務量膨大を憂慮しなければならないような、不合理な意思決定がなされたのである。

また、このパブリックコメントについてのいきさつは、原告側準備書面(2)第一の10~11頁に記載したとおりである。

法務省は3月9日付け事務連絡を各自治体にする一方、6月11日(金)から7月9日(金)にかけてパブリックコメントを求めた。
そのパブリックコメントについて、第161回 - 衆議院 - 内閣委員会 - 6号 平成16年11月12日において
「パブリックコメントでございますけれども、このパブリックコメントにつきまして、寄せられた意見が全部で百五十八件でございます。
 それで、父母との続柄欄の記載を改善することについては、百三十八件が賛成、八件が反対ということでございます。
 それから、具体的な記載の仕方につきましては、法務省案に賛成が十件で反対が百二十五件。その反対の主な内容は、続柄欄の記載については子とすべきである、あるいは、男、女、男子、女子、そういうような記載とすべきであるということが多かったように思っております。」と述べている。

圧倒的多数は「長男・長女」式にした場合の事務の煩瑣・膨大等を懸念し、一斉に職権更正出来る「男・女」式等にするよう求めているのである。しかしながら、このパブリックコメントに寄せられた多数意見は無視されたのである。

ところで、3月9日の事務連絡に「本件の取扱いについては、本年4月中に基本的な方針を決定した上、できる限り早い時期に戸籍法施工規則の改正等を行う。」とある。法務省が「4月中に基本的な方針」を決定したのであれば、6月に行われたパブリックコメントの役割はいかなるものとなるのか。
当初より「基本的な方針」が決定され、変更の意思がないならパブリックコメントはまったく不必要なのである。

以上のごとく、「行政の意思決定過程における公正の確保と透明性の向上を図る」という点でも、疑わしいのである。

これらをつまびらかにする必要があるので、控訴人は第3008号通達が発出されるにいたる経緯を明らかにするべきであると考えて、被控訴人に関連する書類等の提出を求めたのである。裁判所は書類等の提出を求めることをせず、具体的な事実調べを行わなかったのである。

法務省は恣意的な意思決定を行ったことが明らかになるから、関連する書類等の提出に応じようとしなかったのである。その結果として、控訴人の関連する戸籍の「女」という続柄差別記載が、今後も80~100年の長きに渡って維持されることによって、精神的苦痛とプライバシーの侵害を被ることとなったのである。裁判官等はパブリックコメントの趣旨すら歪めて、法務省の違法性を看過したのである。

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2006 / 11 / 06 ( Mon )
2.婚外子に対する社会的認識について

判決文の第3 争点に対する判断の2の(2)のイ(36頁 2~9行)で、
「戸籍の続柄欄の記載に区別をもうけることに対する社会的認識については、差別を助長するものとして批判する見解も有力であることは、原告の指摘するとおりであるということができる(甲26,30等参照)。しかし、これらは主として平成16年11月1日に戸籍法施行規則が本件省令により改正される前に公にされたものであり、それ以降において、除籍を含めたすべての戸籍の更正及び再製をしなければならないとする見解が多数であるとまで認めることはできない」と述べる。

裁判所が多数とする見解は、省令改正前に表明されたものであるが、その内容は、「除籍を含めたすべての戸籍の更正及び再製をしなければならないとする見解」である。

準備書面(3)第2 パブリックコメントについてで、詳述している内の関係部分を以下に記述する。(11~12頁)

東京弁護士会有志の意見書は、続柄を「男・女」式に統一することを求め、その理由を以下のように述べている。
○ 法的には出生順の記載は不要であり、実務上も困らない。
○ 「長男・長女」式は家制度に基づく家督相続のなごりであり、そのような残滓は機会あるごとにあらためるべきである。
○ 「男・女」式に統一することによって、出生順位の確認作業をなくすことができ、行政の多大な事務負担を軽減できる。改正時に一度労力が必要であるが、将来にわたる戸籍事務の簡素化、経費の削減に資する。
○ 長年、婚外子の権利侵害状態が放置されてきたのであれば、当事者の申し出ではなく、行政自身の手で権利救済すべきである。

福喜多昇戸籍続柄裁判原告は、意見書の結論として、以下のように述べる。
「男・女」式に統一すれば、法的に必要かつ十分であり、現在の続柄に「男」「女」のいずれかの文字が入っているかで機械的に行える。申し出の必要もなく、容易に除籍等の更正も職権で行うことができる。
また、婚外子の親としての実体験に基づいて、「行政の窓口でいやというほど不愉快な目にあってきた。また、新たな不愉快な思いをしなければ、差別記載が変更されないというのは極めて不合理である。」と述べている。
「長男・長女」式の法務省案に賛成が十件で、反対の百二十五件が「男・女」式の記載を求めている。その理由は、「男・女」式にすれば、職権によって、一斉に除籍等の更正が機械的に行うことが出来る。出生順位の確認作業をなくすことができ、行政の多大な事務負担を軽減できる。改正時に一度労力が必要であるが、将来にわたる戸籍事務の簡素化、経費の削減に資するからである。

また、長年にわたる権利侵害状況の是正であれば、行政自身の手で権利救済すべきであり、「男・女」式の記載であれば一斉に除籍等を含めて更正が機械的に行えるからである。権利救済は、行政事務の都合などで制約されるものでないのは自明のことである。

判例 2003(平成15)年03月31日第一小法廷判決 平成14年(オ)第1963号 預金返還請求及び預金返還等請求当事者参加事件
「本件(婚外子相続分差別)が提起するような問題は,立法作用によって解決されることが望ましいことはいうまでもない。しかし,多数決原理の民主制の過程において,本件のような少数グループは代表を得ることが困難な立場にあり,司法による救済が求められていると考える。」

この裁判官泉治の反対意見に見られるように、婚外子は少数者である。

その少数者に対して、法曹資格所持者を含む、圧倒的多数の見解が、続柄記載を「男・女」式にすることによって、職権で一斉に除籍等を含めて更正し、長年にわたる権利侵害状況を解消することを求めている。

また、同最高裁判決における、裁判官深澤武久の反対意見は以下である。

憲法13条は「すべて国民は,個人として尊重される。」と,同14条1項は「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定している。これは,憲法が個人の尊厳を基本原理とし,国民生活の全般にわたって法の下の平等を保障しようとするもので,事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでなければ差別的な取扱いを禁止したものである。そして,このような観点から同24条2項は「・・・相続,・・・及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。」と規定したのである。このことは,憲法が,家族に関する事項についての法は,我が国の歴史,伝統,慣習,社会的諸事情,国民感情等を考慮しながらも,これにいたずらに追従するのではなく,個人の尊厳を重視したものでなければならないことを求めているものと考えられる。

当たり前にも、人権とは多数決によって決せられるものではなく、各個人に固有に存在するものである。司法判断は、いたずらに多数に追従するのではなく,個人の尊厳を重視したものでなければならない。少数者であるが故に、行政からその人権が軽んじられてきた、本件訴訟のような場合にこそ、司法による救済が求められているのである。

しかるに裁判官等は、立証されてもおらず、したがって何の根拠も示すことができないにも関わらず、「除籍を含めたすべての戸籍の更正及び再製をしなければならないとする見解が多数であるとまで認めることはできない」という判断を下した。

裁判官等が、かかる判断を示したのは、本判決が行政に追従するためだけに、専門家である弁護士等を含む多数の見解をねじ曲げてまで、控訴人の請求を棄却せんとして下された判決だからである。

そもそも、プライバシー権という人権は、判決(35頁)がいうような、「社会的認識」や「戸籍の編制等に係る負担」との間で、衝量することのできるものではない。プライバシー権の侵害について、「侵害する程度」によって許容されるなどということはあり得ない。

婚外子は長年にわたり、戸籍において一見して明瞭に婚外子であることを公示するために、続柄において差別記載がなされてきたのである。嫡出子と異なる続柄記載であることで、プライバシーが侵害され、社会的差別が助長されてきた。また、続柄のみの記載を求められることも多く、その度毎に差別続柄を自ら記載することを強要されて、当事者に精神的苦痛を与え続けてきたのである。

従来の続柄記載によって、嫡出子については損害がなく、婚外子については人権侵害が助長されたのである。人権侵害について、「侵害する程度」をいうのは、婚外子に対する人権侵害を容認することを前提とした、婚外子の人権を低く見積もる議論である。

本判決は、婚外子差別を当然の前提とする、基本的人権の尊重を原理とする憲法価値を毀損するものである。
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控訴理由書
2006 / 11 / 06 ( Mon )
3.精神的苦痛について

本判決は婚外子当事者の被る精神的苦痛について、全く言及していない。

判例 2003(平成15)年03月31日第一小法廷判決 平成14年(オ)第1963号 預金返還請求及び預金返還等請求当事者参加事件
裁判官島田仁郎の補足意見
非嫡出子であることについて社会から不当に差別的な目で見られ,あるいは見られるのではないかということで,肩身の狭い思いを受けることもあるという精神的な不利益も無視できないものがある。

婚外子は婚外子であることを、続柄によって「一見して明瞭」になるように戸籍に公示されてきたのである。続柄自体の記載を求められることも多く、続柄差別記載によって婚外子の被ってきた実際の被害や、被害を被るかもしれないという最高裁判決の指摘する「精神的な不利益」は計り知れない。しかも、続柄差別記載が実はまったく不必要であったのだということは、2004年11月1日に「男・女」というひな型が消除された後に、なんらの混乱も起こっていないことからも明らかである。

控訴人は準備書面 (4)の2の(2)において、以下のごとく述べた。

では、「男・女」という続柄差別記載を今後も婚外子の戸籍に維持し温存することはいかなる意味を持ち、いかなる効果を及ぼすのか。婚外子続柄差別の撤廃は、「人権の基本に立って」「生まれた子供たちにはいずれも差別があってはならない」という理念に沿って行われたのではなく、続柄差別の撤廃はあくまでも表面上の事で、関連する戸籍に続柄差別記載を維持することをもって、今後も婚外子は差別と侮蔑の対象であることを国として戸籍において表示し続けると表明したことにほかならない。すなわち、国は「婚外子の人権など、除籍を更正してまで守る必要がない。婚外子などその程度の存在だ。」ということを公式に表明し、今後も婚外子に対する社会的差別を助長し続けるという宣言をしたのである。

婚外子に対する「男・女」という続柄差別記載は、国家が婚外子に「お前は国が認める正しい生まれ方(嫡出子)をしていない。」ことを刻印する為の汚名烙印である。中央大学法科大学院内野正幸教授は、「戸籍続柄裁判の東京地裁判決への批判」中の「6.差別とスティグマ(汚名烙印)」中央ロー・ジャーナル 第一巻第一号(2004) (甲第41号証)において、「汚名烙印」とは「一定の属性をもつ人物に対して良くないレッテル(しかも短い言葉)をはりつけることを意味する。」「いわば本人にとって不快な(いやな)付着物である。」と述べる。

その上で、「汚名烙印」が私人によってなされる時には、「表示者をいわば悪人とみなせばすむ、という状況の一面」もあるが、「表示者が国家(や地方公共団体以下同じ)の場合は、表示者をいわば悪者とみなせばすむという状況は何ら考えられない。」という。なぜなら、「国家やその制定する法は、良い規範的観念を体現するものとして想定されている」からである。そうだからこそ、「善の担い手ともいうべき国家自身が婚外子に対して汚名烙印を行うとしたら、それは我慢できないことである。」と述べている。まことに、その通りである。

内野正幸教授は続いて、「公的な権威者である国家みずからが差別的な観念をあと押しし容認し助長していることになるからである。」と述べる。まさにこれは、「婚外子は、……中略……就学、就職及び結婚等の社会関係において今なお看過し難い不利益な取扱いを受けているところ、社会生活においては、多くの場面において戸籍の謄本の提出が求められることがあり、その戸籍の記載によって婚外子であることが判明し、差別等が助長されることが認められる。」(東京地裁平成11年(ワ)第26105号戸籍続柄記載訂正等請求事件・判決2004年3月2日)と、判示されているところである。

婚外子に対する「男・女」という続柄差別記載は、婚外子を嫡出子とは異なる法的に下位の身分であることを、一見して明瞭に判明するようにするという目的で、国家が故意に婚外子に対して刻印する汚名烙印である。(原告準備書面(1)11~12頁参照)

また、準備書面(3)第2 パブリックコメントについてにおける日本弁護士会有志の意見書においても、婚外子の被る精神的苦痛についての記述がある。(11頁)

日本弁護士会有志の意見書
○ 現行の婚外子の続柄の表記を婚外子に対する不当な差別であるとし、改善されることは当然としている。
○ 現行の婚外子の続柄の表記は不当な差別であるから、一律に更正すべきである。
○ 窓口での申し出は、当事者に精神的苦痛を与え、かつ差別を助長しかねないから、一律に更正すべきである。
日本弁護士会有志は、「窓口での申し出」そのものですら、「当事者に精神的苦痛を与え」かねないと憂慮している。それでは、その「窓口での申し出」をしても、差別続柄が更正されないと知った時の、当事者の受ける精神的苦痛は如何ばかりか。しかも、その差別記載は今後80~100年の長きに渡って、当事者の死後も当事者を侮辱し続けるのである。

裁判所はこれらの婚外子当事者が被る精神的苦痛については、一言も述べない。なぜなら、当事者の被る精神的苦痛を否定することができないからである。そして、当事者の被る精神的苦痛を否定できないのであれば、控訴人の請求は容れざるを得なくなるのである。

だからこそ、本判決は原告の請求を棄却したいがために、当事者の被る精神的苦痛等に故意的盲目という態度をとったものである。

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控訴理由書
2006 / 11 / 06 ( Mon )
4.プライバシー権等の憲法判断について

控訴人は民法の婚外子に関わる規定が、憲法に違反することを、準備書面(1)~(4)において論証している。しかるに、判決においては、民法が憲法に違反するかどうかについては全く言及がない。戸籍法等についても、同様である。

第3 争点に対する判断の2の(2)のアにおいて、「民法上区別されているから、嫡出子であるか非嫡出子であるかが判明するように戸籍に記載することの目的自体は正当とみとめられる。」という。

しかし、婚外子に対する社会的差別の助長や、プライバシー権の侵害が引き起こされるので、2004年11月1日をもって、「男・女」という差別続柄が、戸籍ひな形から消除されたのである。すなわち、「男・女」という続柄差別記載によって「嫡出子であるか非嫡出子であるかが判明するように戸籍に記載する」ことの正当性は、2004年11月1日以降は失われたのである。

プライバシー権についての、最新の判例としては、いわゆる住基ネット横浜判決がある。

判例 2006(平成18)年10月26日 横浜地裁
平成14年(ワ)第4129号 住民基本台帳ネットワーク差止等請求事件
平成15年(ワ)第1158号 住民基本台帳ネットワーク差止等請求事件

憲法13条は、すべての国民が個人として尊重されることを保障しているが、個人として尊重されるためには、私生活上の自由を保障することが不可欠であるから、「私生活をみだりに干渉されない権利」としてのプライバシー権は、憲法13条により保障されているというべきである。さらに、高度に情報化された現代社会においては、インターネット等を通じた個人情報の収集、利用、提供により個人の尊厳が脅かされるおそれがある。そうすると、個人の尊厳を保障するためには、プライバシー権を単に「私生活をみだりに干渉されない権利」と解するだけでは足りず、「みだりに自己の情報を収集、利用、提供をされない権利」(自己情報コントロール権)をも含む権利であると解するのが相当であり、このような自己情報コントロール権は、憲法13条により保障されているものというべきでかる。……中略……
したがって、住基ネットにおける本人確認情報は、一体としてみた場合、自己情報コントロール権の保護の対象となるというべきであり、また、住民票コードはそれ自体、秘匿性の高い情報といえるから、これも自己情報コントロール権の保護の対象となるというべきであって、住民は、原則として、自己の同意なしにこれらの情報が収集、利用、提供されることを拒むことができるとするのが相当である。……中略……
しかし、自己情報コントロール権も、絶対に制限を許さないという権利ではなく、公共の福祉による制約をうけるというべきである。……中略……
そして、当該制約が許されるか否かは、住基ネットにおいて、本人確認情報を提供等する目的に必要性、合理性があるか否か、本人確認情報の提供等の手段方法が相当か否かという基準によって判断すべきであり、当該制約が許されることについてのその主張立証責任は、被告ら側にあるというべきである。

本判決においても、「嫡出子であるか非嫡出子であるかは、一般的に他人に知られたくない私生活上の事実であって、個々人のプライバシーに関する事柄であるということができる。」としている。

そして、住基ネット横浜判決は、
「プライバシー権を単に「私生活をみだりに干渉されない権利」と解するだけでは足りず、「みだりに自己の情報を収集、利用、提供をされない権利」(自己情報コントロール権)をも含む権利であると解するのが相当である」と判示している。

控訴人の関連する戸籍のうち、
③本籍福岡市●●区×××番筆頭者○○○○の現行戸籍
④本籍大阪市▲▲区×××番筆頭者△△△△の現行戸籍
は、それぞれ筆頭者の現行の戸籍である。筆頭者等によって、戸籍情報が収集、利用、提供されることを控訴人は拒むことができない。

すなわち、続柄差別記載が維持されているので、戸籍③④は控訴人の「私生活をみだりに干渉」する情報である。その戸籍③④について、控訴人は戸籍情報が収集、利用、提供されることを拒めないから、「みだりに自己の情報を収集、利用、提供をされない権利」(自己情報コントロール権)としての、控訴人のプライバシー権は守られていないことになる。

住基ネット横浜判決は
「自己情報コントロール権も、絶対に制限を許さないという権利ではなく、公共の福祉による制約をうけるというべきである」というが、
「婚外子続柄差別記載を撤廃することにより他人の権利が侵害されるおそれがない」ことは、原告準備書面(3)「第5 公共の福祉について」において、詳述したところである。

住基ネット横浜判決は、その「公共の福祉による制約」について、
「当該制約が許されることについてのその主張立証責任は、被告ら側にある」とする。

そうであれば、被控訴人等は、プライバシー権の制約を正当化するのであれば、それにたる合理的理由を主張立証する責任を負わねばならないのである。

しかるに、被控訴人等は消除されたひな形に基づく、差別続柄記載が控訴人の関連する戸籍に残存することそれ自体が合理的であることについての主張立証を全くしていない。

せいぜいが、「戸籍事務上の負担」をいうのみである。
ところが、本判決は、第3 争点に対する判断の2の(2)のウにおいて、
「除籍等をすべて更正及び再製の対象としたのでは戸籍事務上の負担が加重になるとする被告らの主張は首肯し得ないものではない。」(37頁 5行目)
と述べる。

しかし、ここで「戸籍事務上の負担」と比較衝量されているのは、プライバシー権であり、「憲法13条により保障されている権利」である。

戸籍事務を行うのは公務員であり、公務員には憲法遵守義務がある。人権尊重を基本理念とする現行憲法の下で、公務員が「差別を助長する」と判示された婚外子差別続柄を維持する理由として、「戸籍事務上の負担」を挙げること自体が自己の怠慢、無能を認めるものでしかない。

裁判所がかかる主張を「首肯し得ないものではない。」とするのであれば、それは婚外子の人権を予め低く見積もるという、裁判官自身が持つ婚外子に対する差別意識の現れでしかない。

しかも、民法によるという戸籍記載によって婚外子に対する社会的差別が助長されていることは、否定しようのない事実である。そうであるなら民法、戸籍法そのものが、基本的人権の尊重を基本理念とする憲法に合致するか否かの判断を裁判所はしなければならないのである。本判決はこれらの憲法判断を回避している。

今一度申し述べるが、もはや、プライバシー権は、単に「私生活をみだりに干渉されない権利」と解するだけでは足りず、「みだりに自己の情報を収集、利用、提供をされない権利」(自己情報コントロール権)をも含む権利として解されているのである。

そのプライバシー権を制約するのであれば、それにたる合理的理由が被控訴人等から主張されなければならないのである。判決は 続柄差別が民法の要請であるというが、2004年11月1日に「男・女」というひな形は消除されたのである。消除された差別記載が控訴人の関連する戸籍に残存することそれ自体の合理性について被控訴人等は主張立証責任を負うのである。

本判決は、被控訴人等に果たすべき主張立証責任を求めることなしに、下されたものである。

本判決は、控訴人の関連する戸籍に差別記載が残存することが、基本的人権の尊重を理念とする現行憲法下の日本社会にとっての利益か否かについての、憲法判断をしていない。

控訴人は、控訴審において、被控訴人等に主張立証責任を果たさせて、憲法判断を改めて求めるものである。





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控訴理由書
2006 / 11 / 06 ( Mon )
5.藤下健裁判長が、国際条約について判断を回避している理由について

また、控訴人は民法の婚外子に関わる規定が、国際条約に違反することを、準備書面(1)~(4)において論証し、原告準備書面(2)8の4「 国際条約について」において、詳述している。

国連人権委員会等からは、嫡出概念の廃棄を含む一切の婚外子差別を解消することが求められている。戸籍記載において嫡出子と異なる記載や、婚外子であることが判明するような記載もすべて一掃することを、厳しく勧告されている。

地裁判決が、国際条約について判断を回避した事情は、藤下健裁判長が法務省民事局付き検事であった時に発表した論文「児童の権利に関する条約と民事法令について」(民事月報 1991年4月号)によって知ることができる。(甲第46号証)

藤下健裁判長は、その論文において、
「たしかに相続は親子関係で問題となる事柄ではあるが、実際に相続が起きるのは子が成人となってからのことが多いとかんがえられるから、十八歳未満の児童のみを対象とする本件条約(第一条)が、相続の場面で適用されるかそもそも疑問があるものといわなければならない。」という噴飯ものの主張をしている。

この主張が条約の解釈として正解であると考えるなら、国連子どもの権利委員会等で主張すればよいのである。しかし、その後の日本国審査においても、さすがに失笑を買うのを怖れてか、かかる主張をしていない。

更に、藤下健裁判長は、条約の援用についても、「条約の直接援用可能性が推定されるとの見解は、この議会の裁量権を不当に制約し、ひいては議会に反映される民主的意思をもないがしろにする危険性を包蔵している。」と述べる。条約は国会において、民主主義に則って批准されるのである。援用することによって、国内的によろしくないような条約なら、国会は最初から批准しないでおくことができる。

批准した条約について、国内法を条約に適合させるのは締結国の義務である。その義務を履行しないことこそ、条約を批准した「議会に反映される民主的意思」をないがしろにするものである。藤下健裁判長は、民主主義について、根本的に理解を誤っている。このような裁判官が存在することは、民主主義に対する脅威である。
この主張は、法務省民事局付き検事としてなされ、法務省民事局による「民事月報」に掲載されたものである。それでは、国連子どもの権利委員会等で日本政府の見解として、おおいに主張すればよいのである。

ところが政府は、子ども委員会審議録(1998年)によると、婚外子差別に関わる審議の中で、民法より条約が上位の規定であり、裁判に直接援用できると明確に認めている。

フルチ議員の質問「国内法が条約に抵触した場合、あるいは抵触があるとある人が考えた場合に、どちらが日本の法体系において優位するのか。国内法なのか、条約なのか。」

日本政府回答「日本では条約が法律に優位する」

フルチ委員「本条約が裁判所において当事者により直接援用可能であるのか否か」

日本政府回答「直接援用は可能です。」

コロソフ委員「条約が優位するとの情報を日本代表団が提供してくださいまして私は大変はげまされました。本委員会が新聞やテレビなどのマスメディアを通じて、すべての「非嫡出子」に対して裁判所に行けば、勝訴することができる。なぜならば、条約が国内法に優位するからだ、とのメッセージを送れることになったわけです。」

カープ議長「日本政府には本条約の一般原則および子どもに関わるすべての国内法とを一体化した包括的な子ども法を制定することを検討していただきたいと思います。」と述べている。

民法における婚外子差別が条約に違反して無効であるなら、その民法による区分を示す戸籍続柄もまた当然違法になる。

藤下論文は続柄差別記載については、「ごく些細なものであり」という。しかし、その「ごく些細な」差異によって、深刻な被害、人権侵害がもたらされたのである。まさに、藤下健裁判長こそが国連社会権規約委員会のいう研修対象者に他ならないのである。
国連社会権規約委員会・総括所見:日本第2回(2001年)
E.提案および勧告
35.委員会はまた、締約国が、規約に関する知識、意識および規約の適用を向上させるため、裁判官、検察官および弁護士を対象とした人権教育および人権研修のプログラムを改善するようにも勧告する。

また、その「ごく些細な」差異が具体的に婚外子の人権をいかに侵害し、精神的苦痛を与え続けてきたかは、原告準備書面(1)の1の3.「婚外子戸籍続柄差別の具体的あらわれ」、同じく準備書面(2)第5「婚姻届について」に、詳述している。

そして、その後国連子どもの権利委員会が日本国に下した勧告によって、藤下論文は粉砕されたのである。

国連子どもの権利委員会 第18会期(1998年)総括所見:日本(第1回)
C.主な懸念事項
14.委員会は、法律が、条約により規定された全ての理由に基づく差別、特に出生、言語及び障害に関する差別から児童を保護していないことを懸念する。委員会は、嫡出でない子の相続権が嫡出子の相続権の半分となることを規定している民法第900条第4項のように、差別を明示的に許容している法律条項、及び、公的文書における嫡出でない出生の記載について特に懸念する。委員会は、また、男児(18歳)とは異なる女児の婚姻最低年齢(16歳)を規定している民法の条項を懸念する。

国連・子どもの権利委員会の総括所見日本国審査(第2回)2004年
C.主要な懸念領域および勧告
3.一般原則 差別の禁止
25.委員会は、締約国が、とくに相続ならびに市民権および出生登録に関わるあらゆる婚外子差別ならびに「嫡出でない」といった差別的用語を法令から除くために法律を改正するよう勧告する。

「市民権および出生登録に関わるあらゆる婚外子差別」には、原告の関連する戸籍に続柄差別記載が維持されて婚外子当事者に精神的苦痛とプライバシーの侵害という不利益を与え続けることが、当然にも含まれるのである。

まさに、地裁判決は自らの粉砕された論文の立場を守りたいがために、原告の請求を退けたものでしかない。控訴審において、国際条約についての判断を改めて求めるものである。

まとめ

以上で述べた以外にも、本判決は、原告準備書面(1)の1の1で、述べた以下の論点についても判断を下していない。

ひとつは、差別記載が法的根拠を失っているか否かである。
2004(平成16)年11月1日以降民法の規定に関わりなく続柄差別記載の根拠とされた雛形は消除され、差別記載そのものが法的根拠を失っているのである。
(準備書面(1)2頁)

ふたつは、婚外子間の不平等についてである。
2004(平成16)年11月1日以降に出生した婚外子は全ての戸籍に差別記載がなく、それ以前に出生した婚外子には差別記載が残る例がある。
すなわち、同じ婚外子であってもたまたま単数の戸籍しか持たない婚外子は問題のある「男・女」という続柄は全てなくなる。しかし、婚姻などで複数の関連する戸籍を持つ婚外子は問題のある続柄が残されることになる。本件の場合である。このような婚外子間の不平等について合理的な説明をすることは不可能であり、まったく許されない。(準備書面(1)7頁)

また、控訴人の関連する戸籍の続柄が更正されないので、同一人の続柄が統一されないという事態に陥っている。これでは被告国等の主張する、戸籍の統一性は全く保たれないが、判決はこれについても法的判断を下していない。

本判決は、控訴人の請求の趣旨すら理解しているかどうかも疑わしく、憲法判断、国際条約の直接援用を回避している。

本判決は、パブリックコメント、国際条約、民主主義等にゆがんだ解釈をほどこすような、裁判官としての適格性に疑問のある裁判官等によって下されたものである。

よって、本地裁判決を速やかに破棄し、控訴人の請求を容れる判決が下されることを求めるものである。
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