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婚外子差別に謝罪と賠償を!
2006 / 07 / 15 ( Sat )
婚外子差別に謝罪と賠償を!

国、千代田区、福岡市、大阪市を2005年1月24日提訴(本人訴訟)
(1) 国、各自治体は婚外子の続柄差別を維持する旨の文書を送付したことに対して、慰謝料を支払え。
(2) 今後も続柄差別が維持される限り、プライバシーの侵害について損害賠償せよ。
(3) 国、各自治体はホームページに謝罪文を掲載せよ。
2004年11月1日に婚外子を戸籍記載で明瞭に差別するための「男・女」という続柄は、戸籍法施行規則のひな形から消除されました。その結果、婚外子の続柄は「申し出」さえすれば、「長男・長女」式に改められ、差別記載がなくなると広く誤解されています。
しかし、実際は「現行の除籍されていない戸籍」以外の生まれてからの全ての戸籍の続柄の差別記載はそのままです。法務省の要求する「申し出」を婚外子本人の負担で行っても、「申し出」は拒否されます。その上、この差別記載は本人死亡後も80~100年維持されます。かつて婚外子に対する相続差別をおこなっていた諸外国においても、公的身分証明において続柄差別記載のような明示的差別をする例はありません。
また、この差別記載を各種書類に書くことを行政は婚外子に対して強制してきました。たとえば、婚姻届の父母との続柄欄です。もし、「長男・長女」式に書けば「長・二」を赤ペンで×で消すことを婚外子は衆人環視の中、自治体の窓口で強要されてきました。
九回に及ぶ公判で、原告は被告国側の「続柄差別記載に違法性はない。除籍を更正する必要はない。」という居直りの主張をことごとく排斥しました。裁判所は結審し、次回は判決言い渡しとなりました。 行政におもねらない、公正な判決を要請します。
ぜひ、傍聴にお越し下さい。

判決    於 東京地方裁判所 

9月29日 (金)  午後 1 時 10分 705法廷

「婚外子」差別に謝罪と賠償を求める裁判を支援する会
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婚外子差別に謝罪と賠償を!(裁判情報) | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
法務省の人権意識は戦前より劣る
2006 / 07 / 15 ( Sat )
法務省の人権意識は戦前より劣る

1942(昭和17)年2月12日に、「私生子」という記載が戸籍から抹消されることになった時に、戸籍から私生子の記載を抹消する方法について、1942(昭和17)年2月3日衆議院民法改正案委員会において、大森司法次官は以下の答弁を行っている。
「私生子の名称抹殺はこれを理想的にいへば本法実施の暁には全国一斉に抹殺することが最も適当だと思うが、然し多数の戸籍簿について一々点検削除することは人手の関係から不可能である。よって原則として抹殺の申請あった場合はもちろんであるがその他謄本、抄本、の下付請求のあった場合などには自発的に戸籍吏が抹消し、また戸籍簿が古くなったり、減失して再製するごとき際には申請がなくとも進んで抹消する、要するにあらゆる機会を利用して抹殺するつもりでこの旨全国の戸籍吏に通牒を発する。」
朝日新聞 1942(昭和17)年2月3日

ところが、法務省は婚外子差別続柄の更正を除籍について認めないとする。この法務省の人権感覚、人権意識等は、大日本帝国憲法下の司法省と比較しても恐るべき退歩である。

また、女性が未婚で子を生んだ時に編制される「母と子の戸籍」とは、
「従来人の妻妾に非ざる者独りに他の男子と姦し分娩する児子に就き一定の制なく風習多くは其厄介を男子に引受け候より若し男子其子を己の子と見留或は厄介を引受るを肯せさる等の場合に於て囂々争訟を来す等悪弊は夥しく倫理を紊乱するのみならず戸籍上の猥雑を招き候より6年1月第二十一号を以私生の子は男子に於て更に関係なく総て其生母の引受たるべくと被定候は婦女に戒愼の心を生せしめ以て弊源を防かれんとの御趣意と存候」
私生子を産むという過ちを犯したふしだらな女であることを公示し、そのふしだらな女性に制裁を加える意図でつくられたものである。

明治政府は1876(明治9)年12月26日の内務卿大久保利通が太政大臣三条實美宛伺でこの見解を示し、1877(明治10)年2月2日の太政官指令でこれを確認している。
「戒愼」とは、戒め慎ませることであり、戒めとは過ちのないように、前もって与える注意のことである。「弊源」の弊とは、悪習。害悪。のことであり、「弊源」とは害悪の源のことである。このような特定の命の誕生を「害悪の源」とみなす考え方は、ナチズムの絶滅思想にもつながりかねない、反民主主義思想である。

「婚外子」差別に謝罪と賠償を求める裁判を支援する会
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準備書面(4)1.戸籍続柄差別を撤廃する理念について
2006 / 07 / 15 ( Sat )
1.戸籍続柄差別を撤廃する理念について

1942(昭和17)年2月12日に、「私生子」という記載が戸籍から抹消されることになった。
これは、1919(大正8)年に設けられた臨時法制審議会において、1925(大正14)年1月21日に、「私生子」の名称廃止が提案され承認されたことによるものである。(甲第34号証)

提案理由等は、以下の通りである。
松本恭治審議会委員
「私生子という名称はやや不穏当の嫌があるのでありまして、その名称を有する者に対しまして著しく苦痛を加えます、人道に反する嫌があると言わなければならぬのであります、よって、本案におきましては、この私生子という名称を廃止したいと云のであります、もちろん私生子のことは之を如何共することができないのは当然であります。」
関直彦審議会委員
「何か善い名称をお考へでありますか。」
松本恭治審議会委員
「私生子と云う名称に対しまして、之に代る所の名称を以てしまする時、には、其名称如何美なりとも之を慣用する結果は又同じく面白からざる名称に変化する訳でありますから、私生子と云う名称は廃しまして、何等之に代わるような名称を用ひないことに致します、条文を私生子と云うやうな名称なしに改正することにしたいと云う趣旨でございます。」

「私生子」の名称廃止が提案された背景には、「私生子」への差別問題が広く新聞等で取り上げられ、婚外子差別が人権問題として意識されてきたことがある。
当時の新聞は投書欄で、「私生子」当事者からの、「私生子」に対する差別を訴える投書をしばしば掲載して世論の喚起を促している。

……前略……この間ある役所に勤めようと思って志願したら、はねつけられた。私には年頃の妹が一人あるが、だれもこれを嫁に世話してくれる者がない。可哀想である。女だけにいろいろ思いにふけり、身の不幸をかこつようすを見ておられない。……中略……これは一体(父母)どちらの罪だろう。あるいは、こういう制度を有する社会の罪か。……後略……
東京朝日新聞(現 朝日新聞)1926(大正15)年1月31日投書より(甲第35号証)
「私生児!なんと情けない文字でしょう。私はこの文字を見る毎にギクリとします。そして泣かされます。其程私には痛切に感ずるのです。子供には少しも罪はありません。そして苦しむのは子です。親の因果が子に酬いとは、この間の消息を申すのでしょうか。……中略……私は私生子なるがゆえに、今日までどの位苦労したか知れません。中学願書提出の時、寄留の時、大学入学の時、一年志願の時、なににつけても、私生子が書かれるのです。そしてそのたびごとに人に見られぬようにするその苦労は、私生子の身でなければ味わえないものです。私は私生子なるがゆえに、どの位今日まで苦しんでいるか知れません。
東京朝日新聞(現 朝日新聞) 1926(大正15)年2月6日投書より(甲第36号証)

投書中の「親の因果が子に酬いとは、この間の消息を申すのでしょうか。」という下りは、婚外子相続分差別を違憲とした判決中に、「非嫡出子から見れば、父母が適法な婚姻関係にあるかどうかはまったく偶然なことに過ぎず、自己の意思や努力によってはいかんともしがたい事由により不利益な取扱いを受ける結果となることが留意されるべきである。これは、たとえていえば、正に『親の因果が子に報い』式の仕打ちであり、人は自己の非行のみによって罰又は不利益を受けるという近代法の基本原則にも背反していることが見逃されてはならない。」(1993(平成5)年6月23日 東京高裁 平成4ラ1033 遺産分割審判に対する抗告事件)と判示されたことを彷彿とさせる。

こうして戸籍において「私生子」と記載することが、「私生子」に対する「就学、就職、結婚等」の社会的差別を引き起こし、当事者に精神的苦痛を与えることが認識され、それが人権上許されないことではないかと考えられるようになったのである。

1942(昭和17)年に、「私生子」の名称が廃止されるこが決定されるとその意義を、全国の新聞は大きく報道した。
朝日新聞 1942(昭和17)年1月23日(甲第37号証)によると、「私生子」という名称の廃止で「偏頗な差別を撤廃する」とあり、
東京日日新聞 (現 毎日新聞)1942(昭和17)年1月23日(甲第38号証)によると、「結婚、入営、就職などに淋しい思いをさせないやうに」とあり、
福岡日日新聞 (現 西日本新聞)1942(昭和17)年1月23日(甲第39号証)によると、「これ(「私生子」という名称の廃止)により、従来私生子なるが故に入学、就職、結婚等に肩身の狭い思ひをしたものも、偏頗な取扱ひをうけることがなくなり」とある。
「私生子」という記載が戸籍から抹消されることによって、「私生子」に対する「就学、就職、結婚等」の社会的差別が解消されることを期待するばかりでなく、戸籍に「私生子」と記載されることによって被る当事者の精神的不利益を認識した上で、その軽減を図るための名称の廃止であると認識しているのである。

そして、実際に戸籍から私生子の記載を抹消する方法については、1942(昭和17)年2月3日衆議院民法改正案委員会において、大森司法次官は以下の答弁を行っている。

「私生子の名称抹殺はこれを理想的にいへば本法実施の暁には全国一斉に抹殺することが最も適当だと思うが、然し多数の戸籍簿について一々点検削除することは人手の関係から不可能である。よって原則として抹殺の申請あった場合はもちろんであるがその他謄本、抄本、の下付請求のあった場合などには自発的に戸籍吏が抹消し、また戸籍簿が古くなったり、減失して再製するごとき際には申請がなくとも進んで抹消する、要するにあらゆる機会を利用して抹殺するつもりでこの旨全国の戸籍吏に通牒を発する。」朝日新聞 1942(昭和17)年2月3日 (甲第40号証)

1942(昭和17)年2月の日本の情勢はどのようであったろうか。
1941(昭和16)年12月8日の真珠湾攻撃をもって、大日本帝国は太平洋戦争に突入し、翌1942(昭和17)年2月15日にはシンガポールを陥落させた。まさに、危急存亡の戦時下にあって、当時の司法省は「私生子」の名称を「あらゆる機会を利用して抹殺する」としたのである。
翻って、2004(平成16)年11月1日の戸籍における婚外子続柄差別撤廃における、法務省はどうだったのか。

戸籍における婚外子続柄差別撤廃が行われたのは、東京地裁平成11年(ワ)第26105号戸籍続柄記載訂正等請求事件(判決2004年3月2日)において
「婚外子は、……中略……就学、就職及び結婚等の社会関係において今なお看過し難い不利益な取扱いを受けているところ、社会生活においては、多くの場面において戸籍の謄本の提出が求められることがあり、その戸籍の記載によって婚外子であることが判明し、差別等が助長されることが認められる。」
すなわち、婚外子に対する「男・女」という戸籍における続柄差別記載によって、社会的差別を助長することが判示されたことによる。

これは、戸籍において「私生子」と記載された為に、「私生子」に対する「就学、就職、結婚等」の社会的差別を引き起こし、当事者に精神的苦痛を与えていたのと同様の事態が、婚外子に対して「男・女」という差別続柄記載がなされたことによって、戦後民主主義社会と称される現代日本社会においても、戦前と同様の社会的差別、精神的苦痛が婚外子について生じていると裁判所が認定したということである。

それでは、法務省は戦前の司法省と同じく、婚外子続柄差別記載を自ら進んで「あらゆる機会を利用して抹殺する」べきではないのか。

現在に比べればはるかに事務効率の悪かったであろう、しかも戦時下の1942(昭和17)年において、当時の司法省は「申請あった場合はもちろんであるがその他謄本、抄本、の下付請求のあった場合などには自発的に戸籍吏が抹消し、また戸籍簿が古くなったり、減失して再製するごとき際には申請がなくとも進んで抹消する、要するにあらゆる機会を利用して抹殺する」と差別の解消に積極的に取り組む姿勢を明らかにしている。

2004(平成16)年は戦時下ではなく、コンピューターの出現は言うに及ばず、事務機器の品質向上、通信技術の飛躍的発展など、戦時下の1942(昭和17)年と比較して事務負担は大きく減じられている。まして、今求められているのは、国民を臣民とみなす大日本帝国憲法下ではなく、基本的人権の尊重を理念とする日本国憲法の趣旨に添う行政である。

法務省ホームページ上の平成16年3月9日(火)野沢太三法務大臣(当時)閣議後記者会見の概要で明らかなように「人権の基本に立って」議論をすすめた結果、婚外子に対する「差別があってはならない」 ので、「男・女」という婚外子に対する「就学、就職、結婚等」の社会的差別を引き起こす雛形が削除されたのである。

Q:そういう方向性を決めるに至った理由について,大臣はどのように考えていらっしゃいますか。
A:これは,国民の皆様からの御要請が第一にありますし,人権といいますか,生まれた子供たちにはいずれも差別があってはならないわけですから,その基本に立って議論を進めたということです。それから,国際的にも差別をしていないところが段々多くなっているということもございます。

また、野沢太三法務大臣(当時)は以下の国会答弁をしている。
第159 回- 参議院 - 予算委員会 - 6号  平成16年03月09日
○ 福島瑞穂君 
 次に、婚外子差別についてお聞きをします。
 両親が結婚届を出していない子供の差別の問題で三つ。相続分の差別の撤廃と、二つ目は、先日、三月二日、東京地裁で出ました戸籍の続き柄欄の差別の問題、三つ目が、胎児の間に認知をすればお父さんが日本人であれば日本国籍がもらえるけれども、子供が生まれた後に認知をしても日本国籍は取得できません。
 この三つの点については、子どもの権利に関する条約の委員会や女性差別撤廃委員会から勧告を受けております。判決も出ました。いかがでしょうか。

○国務大臣(野沢太三君) まず、このプライバシーに関する東京地裁の判決からお答え申し上げますが、お尋ねの戸籍の続き柄欄における現行の取扱いは、嫡出児においては、その出生の順に例えば長男、次男あるいは長女、次女と記載し、非嫡出児については男又は女と記載することとしております。
 三月二日の東京地裁判決において、非嫡出児であることが強調されることがないようにすべきである旨の判示がされたことを真摯に受け止めまして、これを非嫡出児についても嫡出児と同様、長男、次男、長女、次女と記載するよう、その記載の方法を改善する方向で現在戸籍法施行規則等の改正を検討中でございます。(原告準備書面(1)26~27頁)

しかしながら法務省は、差別記載を「申請あった場合はもちろんであるが……あらゆる機会を利用して抹殺する」のではなく、「申請があっても」除籍されていない現行戸籍以外は更正しないとした。

しかも、法務省は戦時下の1942(昭和17)年に司法省がしたように「謄本、抄本、の下付請求のあった場合や、戸籍簿が古くなったり、減失して再製するごとき際には申請がなくとも進んで」更正するどころか、請求された謄本、抄本中や、改製あるいはコンピュータ化される戸籍中に差別記載があっても、当事者からの「申請」がない限り、全国の戸籍吏が手をこまねいて差別記載を看過するしかない通達を発出した。
法務省は、なんとかしてより多くの婚外子続柄差別を維持し温存したいかのようである。

このような法務省の続柄差別記載をより多く維持し温存しようとする、人権感覚、人権意識等は、大日本帝国憲法下の司法省と比較しても恐るべき退歩である。

野沢太三法務大臣(当時)が閣議後記者会見で述べた、「人権の基本に立って」「生まれた子供たちにはいずれも差別があってはならない」という理念は、どうなったのか。

野沢太三法務大臣(当時)は国会答弁で、「三月二日の東京地裁判決において、非嫡出児であることが強調されることがないようにすべきである旨の判示がされたことを真摯に受け止めまして」と、述べている。

それでは、「申し出」をしても続柄が更正されず、婚外子の関連する戸籍に「男・女」という差別記載が維持され、しかも除籍後80~100年も保存されるという内容の通達を発出する事のどこが、「人権の基本に立って」であり、どこが「真摯」なのか。

いかなる経緯で、婚外子続柄差別が維持され温存される内容の第3008号通達が発出されるに至ったのか。また、発出された通達の内容は野沢太三法務大臣(当時)自身が国会答弁や記者会見での言に照らして是認され得るものなのか。

原告は、これらを明らかにするために、野沢太三法務大臣(当時)の証人申請をしたのである。裁判所におかれては、法務省の「行政裁量」の実態を解明する為に、野沢太三法務大臣(当時)を証人採用するという決定を下されることを望むものである。

同時にこれらの経緯を明らかにする為に、2004年3月2日のいわゆる戸籍続柄裁判判決から11月1日に3008号通達が出され今日に至るまでの間になされた関わりのある全ての会議・稟議の記録、連絡書類、メモ等の提出を被告国等に提出させるように、裁判所に求めるものである。



原告側準備書面 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
準備書面(4)2の(1)
2006 / 07 / 15 ( Sat )
2.被告国等準備書面(4)について

被告国等は3月17日(金)第七回公判において「結審」を求めたが認められず、逆に裁判所から、「離婚・養子離縁等によって従前の親元の戸籍等に戻った場合には、婚姻・養子縁組によって除籍された当事者の戸籍と現行の除籍されていない戸籍が同一の現行戸籍に併記され、申し出をしても除籍について差別記載が更正されないので、当事者が自己を証明する際に使用する現行の除籍されていない戸籍に続柄差別記載が残る。同一戸籍上に続柄差別記載があるので、続柄を更正しても、事務量の負担が増大するとは考えられない。このような場合にも、続柄が更正されないとするのは、続柄の更正による差別撤廃の理念との関係で釈明が足りない。」として再度釈明をするように求められた。

被告国等は、上記について、2006(平成18)年4月28日付け準備書面(4)で求釈明を行った。
被告国等は、「原告の請求との関連性がない。」と述べた上で、「申し出のあった事件本人の現在の戸籍に限定した理由」を述べている。しかし、その「現在の戸籍に限定した理由」等についての主張には呆れかえるしかない。

(1) 原告の請求との関連性について
被告国等は「原告の請求との関連性がない。」(被告準備書面(4)3頁12~16行目)と述べるが、果たしてそうであろうか。一方で、被告国等は婚外子当事者の現行戸籍に続柄差別記載が残る場合も、続柄差別記載を更正する必要を認めないと主張する。これは、今後原告がこのような戸籍に記載されるようになったとしても、現行戸籍中においても、「男・女」という続柄差別記載を強制し続けるという、婚外子に対する被告国等の宣言である。

では、「男・女」という続柄差別記載を今後も婚外子の戸籍に維持し温存することはいかなる意味を持ち、いかなる効果を及ぼすのか。婚外子続柄差別の撤廃は、「人権の基本に立って」「生まれた子供たちにはいずれも差別があってはならない」という理念に沿って行われたのではなく、続柄差別の撤廃はあくまでも表面上の事で、関連する戸籍に続柄差別記載を維持することをもって、今後も婚外子は差別と侮蔑の対象であることを国として戸籍において表示し続けると表明したことにほかならない。すなわち、国は「婚外子の人権など、除籍を更正してまで守る必要がない。婚外子などその程度の存在だ。」ということを公式に表明し、今後も婚外子に対する社会的差別を助長し続けるという宣言をしたのである。

婚外子に対する「男・女」という続柄差別記載は、国家が婚外子に「お前は国が認める正しい生まれ方(嫡出子)をしていない。」ことを刻印する為の汚名烙印である。中央大学法科大学院内野正幸教授は、「戸籍続柄裁判の東京地裁判決への批判」中の「6.差別とスティグマ(汚名烙印)」中央ロー・ジャーナル 第一巻第一号(2004) (甲第41号証)において、「汚名烙印」とは「一定の属性をもつ人物に対して良くないレッテル(しかも短い言葉)をはりつけることを意味する。」「いわば本人にとって不快な(いやな)付着物である。」と述べる。

その上で、「汚名烙印」が私人によってなされる時には、「表示者をいわば悪人とみなせばすむ、という状況の一面」もあるが、「表示者が国家(や地方公共団体以下同じ)の場合は、表示者をいわば悪者とみなせばすむという状況は何ら考えられない。」という。なぜなら、「国家やその制定する法は、良い規範的観念を体現するものとして想定されている」からである。そうだからこそ、「善の担い手ともいうべき国家自身が婚外子に対して汚名烙印を行うとしたら、それは我慢できないことである。」と述べている。まことに、その通りである。

内野正幸教授は続いて、「公的な権威者である国家みずからが差別的な観念をあと押しし容認し助長していることになるからである。」と述べる。まさにこれは、「婚外子は、……中略……就学、就職及び結婚等の社会関係において今なお看過し難い不利益な取扱いを受けているところ、社会生活においては、多くの場面において戸籍の謄本の提出が求められることがあり、その戸籍の記載によって婚外子であることが判明し、差別等が助長されることが認められる。」(東京地裁平成11年(ワ)第26105号戸籍続柄記載訂正等請求事件・判決2004年3月2日)と、判示されているところである。

婚外子に対する「男・女」という続柄差別記載は、婚外子を嫡出子とは異なる法的に下位の身分であることを、一見して明瞭に判明するようにするという目的で、国家が故意に婚外子に対して刻印する汚名烙印である。(原告準備書面(1)11~12頁参照)

そして、通常婚外子の出生によって編制される「母と子の戸籍」とは、ふしだらな女を晒し者にするため明治政府によって考案された戸籍記載の方法が、否定されることなく現在に至ったものである。

明治政府は1873(明治6)年1月18日に太政官布告第二十一号「妻妾に非ざる婦女にして分娩する児子は一切私生を以て論じ其婦女の引き受けべき事、但男子より己れの子と見留め候上は婦女住所の戸長に請て免許を得候者は其子其男子を父とするを可得事」(甲第42号証)を公布し、私生子の出生は母の戸籍に入籍する形式で行うこととなった。次いで、明治政府は私生子の出生を母の戸籍に記載する目的を、1876(明治9)年12月26日大久保利通伺(甲第43号証104~105頁)と、1877(明治10)年2月2日太政官指令(甲第44号証)によって明らかにした。

「従来人の妻妾に非ざる者独りに他の男子と姦し分娩する児子に就き一定の制なく風習多くは其厄介を男子に引受け候より若し男子其子を己の子と見留或は厄介を引受るを肯せさる等の場合に於て囂々争訟を来す等悪弊は夥しく倫理を紊乱するのみならず戸籍上の猥雑を招き候より6年1月第二十一号を以私生の子は男子に於て更に関係なく総て其生母の引受たるべくと被定候は婦女に戒愼の心を生せしめ以て弊源を防かれんとの御趣意と存候」
私生子の出生を母の戸籍に入籍するという戸籍記載は、「婦女に戒愼の心を生せしめ以て弊源を防かれんとの御趣意」によるのである。

明治政府は1876(明治9)年12月26日の内務卿大久保利通が太政大臣三条實美宛伺でこの見解を示し、1877(明治10)年2月2日の太政官指令で確認している。

「戒愼」とは、戒め慎ませることであり、戒めとは過ちのないように、前もって与える注意のことである。「弊源」の弊とは、悪習。害悪。のことであり、「弊源」とは害悪の源のことである。
すなわち、明治政府が私生子の出生を母の戸籍に記載させた意図は、私生子を産むという過ちを犯したふしだらな女であることを公示し、ふしだらな女性に制裁を加える意図であり、それをもって他への見せしめとし、私生子を産むという害悪が源から断たれることをもって「善し」とする考えに則ったものであったのである。

そしてこの私生子の母を晒し者にし、私生子の撲滅を肯定する考えを表すとする戸籍は、その後「婦女に戒愼の心を生せしめ以て弊源を防かれん」という「御趣意」を否定されることなく、今現在も「母と子の戸籍」として、踏襲されている。

あたり前にも、人の誕生、生存そのものを否定する思考は、ナチズムにもつながり兼ねない、反民主主義思想である。

そして今現在も、婚外子を「差別をして世間のために見せしめにするんだ」という認識をいだかせる戸籍記載がなされていることは、以下の国会質疑でも明らかなように広く共有されている。

第129回 - 衆議院 - 決算委員会第一分科会 - 1号 平成06年05月26日
○栗原 裕康分科員 この戸籍でわざわざちゃんと記載事項のところにかなり詳しく書いてあるのにもかかわらず、何も、どうしてそんなに明瞭にする必要があるのか。この相続とか親権とか認知とかというのは、これは当然かなり個別の特殊なマターですね。ところが、戸籍はだれでも見ますね。例えば就職とかなんかのときに出すんじゃないですか。……中略………
  むしろ、もしこういう答弁であればある程度わかるのですよ。例えば、正式婚しか日本は認めてはいけないんだ、だから、正式婚以外に生まれた子供は、あるいはそういう家族は、そういう親子は、要するに差別をして世間のために見せしめにするんだ、こういう答弁ならわかる。それは一つの考え方だから。それはどうなんでしょうか。なぜこういうことをするんですか。(原告準備書面(1)29頁)

このように、婚外子は、国家によって「ふしだらな女とその女が産んだ子」であるとの規定に基づいて編制された、「母と子の戸籍」に登載された上に、続柄に「男・女」という汚名烙印を国家によって刻印されるのである。

その汚名烙印が、自己を証明する際に使用する現行の除籍されていない戸籍に残る場合においてさえも、更正の必要を被告国等が認めないことは、原告に対して今後も汚名烙印を刻印し続けることをもって善しとすると国が考えているということである。「善の担い手ともいうべき国家自身」によって「汚名烙印を刻印し続けることを善し」とされることによって生じる原告の精神的苦痛は甚大である。

裁判所におかれては、戸籍における「男・女」という続柄差別記載が、「善の担い手ともいうべき国家自身」が婚外子に対して行う汚名烙印であり、当事者には「我慢できない」ことであり、除籍後80~100年の永きに渡って保存されること、また「母と子の戸籍」が「未婚の母とその子をみせしめにする」という目的を持つ戸籍記載の方式であることを認識せられて、損害賠償請求を認める判決を下されることを求めるものである。


原告側準備書面 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
準備書面(4)2.の(2)~(6)
2006 / 07 / 15 ( Sat )
(2)公平性について
「従前の親元の戸籍に戻る者と新戸籍を編制する者との間での公平を欠く事態を生じかねない。」(被告準備書面(4)5頁5~7行目)

当初原告は、被告国等が、誰と誰の間のどのような戸籍記載について、「公平を欠く」と主張しているのか理解できなかった。そこで、前回3月17日(金)第七回公判において問い糾した。すると、被告国等は、「もし、従前の親元の戸籍に戻る者の除籍を更正することにすると、新戸籍を編制する者が全く除籍を更正してもらえないのだから、従前の親元の戸籍に戻る者と新戸籍を編制する者の間で、除籍を一つでも更正される者と全く除籍を更正されない者が生じてしまうので、公平を欠く」という意味であると説明した。
世にも恥ずかしい詭弁である。被告国等は裁判が公開されかつ、国としての陳述が永く記録されるということを理解していないのではないのか。

また、被告国等は「従前の親元の戸籍に戻る者と新戸籍を編制する者の間で、当事者が自己の証明とする戸籍謄本において、差別記載が維持される者と差別記載が更正される者が生じて、現に公平を欠く事態になっている。」ことについての釈明をなんらしていない。

そもそも、「公平を欠く」というほど「公平」の概念が大切であれば、
「婚外子は、……中略……就学、就職及び結婚等の社会関係において今なお看過し難い不利益な取扱いを受けているところ、社会生活においては、多くの場面において戸籍の謄本の提出が求められることがあり、その戸籍の記載によって婚外子であることが判明し、差別等が助長されることが認められる。」
東京地裁平成11年(ワ)第26105号戸籍続柄記載訂正等請求事件(判決2004年3月2日)という、婚外子に対する「差別等が助長される」と判示されるような「公平を欠く」続柄差別記載を強行してきたことを償う、「公平な」続柄差別記載の更正を行うための通達を発出すればよいのである。

2004(平成16)年11月1日以降に出生した婚外子は全ての戸籍に差別記載がなく、それ以前に出生した婚外子には差別記載が残ることがある。
すなわち、同じ婚外子であってもたまたま単数の戸籍しか持たない婚外子は「男・女」という差別続柄記載は申し出すれば全てなくなる。しかし、婚姻などで複数の関連する戸籍を持つ婚外子は申し出をしても、除籍には及ばないので「男・女」という差別続柄記載が残されることになる。婚外子間の「公平」を言うのであれば、法務省はこの「不公平」を解決しなければならない。
婚外子の関連する全ての戸籍の差別続柄記載を更正して、始めて被告国等には「公平」という語をようやく口にする資格が出来るのである。

(3)整合性、連続性について
「当該親元の戸籍についてのみ事件本人の父母との続柄をすべて更正できるとすると、親元の戸籍に戻るまでの間に編制された除籍や従前戸籍においては父母との続柄が更正されないこととの整合性を保つことができないこととなるし、戸籍記載の連続性の観点から問題が残るところである。」(被告準備書面(4)5頁9~13行目)

現状では、続柄の更正が除籍にはおよばないので、同一人の続柄について異同が生じている。それどころか、養子離縁や離婚で従前の戸籍に戻った場合には同一人の同一の戸籍において続柄記載に異同が生じているのである。

同一人の同一の戸籍において続柄記載に異同が生じるような通達を発出しながら、除籍に続柄の更正を及ぼさないことによって、戸籍記載の整合性、連続性に資するかのような陳述をするなど、笑止千万である。同一人について続柄記載の整合性、連続性を求めるのなら、関連するすべての戸籍の続柄を更正しなければならないのである。

また、「戸籍記載の整合性、連続性」より、「人権の基本に立って」「生まれた子供たちにはいずれも差別があってはならない」という人権尊重という現行憲法の基本理念が、憲法価値として法的に上位価値であることは自明のことである。

ところで、関連するすべての戸籍の続柄を更正することは至難であるのだろうか。戸籍には、必ずその者が従前に在籍した戸籍が記載されている。
除籍されていない現行の戸籍の続柄が更正された時に、従前の戸籍のある所に電話、FAX等で連絡することは、極めて容易である。
戸籍記載における整合性、連続性が必要不可欠とするのなら、従前の戸籍をたどって続柄を更正すればよいのである。

戸籍担当者は、婚姻届の提出があった場合で、当事者に転籍等がある時には、従前に在籍した戸籍を問い合わせて、重婚、近親婚、待婚期間等について判断している。戸籍担当者にとって、従前の戸籍をたどることは日常的に業務の中で行っていることであり、極めて容易である。この日常業務の延長で出来ることを、「事務量膨大」などは全く信じられない。

要は基本的人権の尊重を理念とする現行憲法下の法務省が、戦時下の司法省がしたように「申請がなくとも進んで抹消する、要するにあらゆる機会を利用して抹殺するつもりでこの旨全国の戸籍吏に通牒を発する。」という人権の尊重を優先するという精神を持っているかどうかである。

そして、「憲法 第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」ということからすると、被告国等が、人権の尊重よりも自らの独善によって作り上げた戸籍記載の方式を擁護するだけのために欺瞞的主張をすることは、「憲法擁護義務」違反である。

(4)謄本が請求されることについて
「事件本人は、現在戸籍の抄本を取得すれば除籍の記載を相手方に示さずに済む。」(被告準備書面(4)5頁16~17行目)

被告国等は、戸籍抄本を相手方に示せば、なんらか問題を解決できるように述べるが、相手方が戸籍謄本を求めればどうなるのか。まして、その相手方が国家、行政機関等であれば、拒むことは不可能である。

法務省のホームページに現在掲載され、原告が甲第20号証として提出した婚姻届の右側上部には、「この届書を本籍地でない役場に出すときは、戸籍謄本または戸籍全部事項証明書が必要ですから、あらかじめ用意してください。」とある。

しかしながら、従前の婚姻届では、「この届書を本籍地でない役場に出すときは、戸籍抄本(謄本)が必要ですから、あらかじめ用意してください。」とある。(甲第45号証)

いつから、「戸籍抄本(謄本)」ではなく、「戸籍謄本または戸籍全部事項証明書」を要求するようになったのかを知るべく、法務省に問い合わせたところ、自己の管理するホームページであるにも関わらず、いつ頃現在の婚姻届と掲載を取り替えたかは解らないという。

戸籍全部事項証明という語は、戸籍のコンピュータ化にともない1994(平成6)年から使われるようになったという。また、従前の婚姻届には、【お願い】として「戸籍届出の際に本人確認を行いますので、運転免許証やバスポートなど本人が確認できるものをお持ちください。」とある。

この【お願い】の記載がなされたのは、仙台市などで相次いだ虚偽の「婚姻届」等による戸籍偽造事件を受け、被害者の戸籍に虚偽記載の痕跡が残らないよう戸籍を再製できる制度の創設を盛り込んだ戸籍法の改正が、議員立法によって2002(平成14)年12月におこなわれたことや、それを受けて、「婚姻、離婚、養子縁組、養子離縁の届けを受理する際、運転免許証やパスポートなど顔写真付きの公的な証明書での本人確認が望ましい。」とする法務省通達が2003(平成15)年3月に発出されたことに由来すると思われる。 ただしこの通達によっても、申請者が証明書を提示しなくても、法的には受理を拒めないし、代理人による申請も認められている。

以上から考えるに、従前の婚姻届には、2003(平成15)年3月の通達が反映されていたのであろうから、現在の婚姻届に代わったのはごく最近のことであろう。

被告国等は従来、「戸籍抄本」で足るとしていた婚姻届等に添付する戸籍についてまで、ごく最近になってから「戸籍謄本または戸籍全部事項証明書」を要求しながら、「事件本人は、現在戸籍の抄本を取得すれば除籍の記載を相手方に示さずに済む。」と陳述するなど、すさまじいばかりの欺瞞である。このように被告国等はどこまでも、原告と裁判所を愚弄する陳述を繰り返しているのである。

また、法務局ホームページによると、法務局は不動産の遺産相続において相続人の戸籍謄本を要求している。(原告準備書面(1) 27頁)
http://info.moj.go.jp/manual/1231/PAGE002.HTM

(5)効力について
「そもそも従前戸籍のうち除かれた者に関する記載は現に効力を有する事項ではない。」(被告準備書面(4)5頁18~19行目)

戸籍に記載されている「男・女」という続柄差別記載は、被告国等が「現に効力を有する事項ではない」と言おうが、「現に人目につく事項」である。

第161回 - 衆議院 - 内閣委員会 - 6号 平成16年11月12日
○房村精一(法務省民事局長)政府参考人
差別の問題として、こういう記載を残したくないということであれば当然申し出をしていただけるのではないか、申し出があれば速やかにこちらは直すという体制は整えているわけでございます。

房村精一法務省民事局長の国会答弁の言葉を借りれば、法務省は「差別の問題として、こういう記載を残したくない」といいながら、当事者が申し出しても関連する戸籍に「差別の問題」が残るような通達を発出したのである。

そしてまた、「男・女」という続柄差別記載が維持され温存されることは、婚外子が「汚名烙印」を刻印され続けることである。この「汚名烙印」は除籍(当事者死亡等)後80~100年間の永きに渡って、刻印され続けるのである。

(6)転籍について
「他の市区町村に転籍すれば、婚姻・養子縁組等により除籍された後の除籍された者に関する事項に移記されない(戸籍法180条2項、同法施行規則37条、39条)など、事件本人が、その現行戸籍に、続柄中に、続柄が更正されていない除籍の記載が残らないようにする方法もある。」(被告準備書面(4)5頁19~23行目)

戸籍法
第108条 転籍をしようとするときは、新本籍を届書に記載して、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者が、その旨を届け出なければならない。

戸籍法によると、転籍を届け出ることが出来るのは、「戸籍の筆頭者とその配偶者」である。「離婚・養子離縁等によって従前の親元の戸籍等に戻った」事件本人は、当然にも「戸籍の筆頭者とその配偶者」ではない。よって、事件本人は自らの意思では転籍することは、まったく出来ない。

本人の意思で出来ない対処方法を示して、あたかも問題の解決を計ることが出来るかのような陳述をすることは、これまた原告のみならず、裁判所を愚弄する行為である。






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準備書面(4)3.まとめ
2006 / 07 / 15 ( Sat )
3.まとめ
以上見てきたように、おおよそ被告国等の陳述は詭弁と欺瞞に満ちた、原告のみならず裁判所をも愚弄するものである。

このような陳述を恥ずかしげもなくすることができるのは、被告国等が婚外子について人権享有主体であるとはまったく考えないばかりでなく、人権を蹂躙されて当然の被差別者であると規定しているからである。

また、詭弁と欺瞞に満ちた主張を平然と行うのは、どのような陳述をしても、司法は行政に追随する判決を下すであろうという、司法に対する侮りを表したものでもある。

「私生子と云う名称に対しまして、之に代る所の名称を以てしまする時、には、其名称如何美なりとも之を慣用する結果は又同じく面白からざる名称に変化する訳でありますから」と、1925(大正14)年1月21日の臨時法制審議会で述べられているように、敗戦後の国会で創作された「嫡出でない子」という語もまた「面白からざる名称」に変化した。

第1回 - 参議院 - 司法委員会 - 20号 昭和22年08月29日
○政府委員(奧野健一君)
次に七百七十九條、ここでちよつと御注意申したいのでありますが、現行法で「第二款嫡定ニ非サル子」というような見出しがあり、それから「庶子」という字が現在の八百二十七條の第二項にあるのでありますが、この庶子という言葉は余り適当でないので、即ち「庶子」という文字は削除いたしたのであります。すでに「私生子」という字はなくなつて、「庶子」という言葉だけが残つておりましたが、子の名誉のために庶子という言葉も今回無くなしたのであります。ただ「嫡出の子」と「嫡出でない子」という二つだけあるのでありますが、嫡出でない子というのも実は余り賛成しないのでありますが、それは止むを得ないと考えまして、「嫡出でない子」というのを使いますが、「庶子」、「私生子」というのは廃めたわけであります。そこで七百七十九條は現在の八百二十七條の第一項に該当するわけであります。第二項は今申しましたように「庶子」という言葉をなくしたわけであります。

「男・女」という続柄差別記載は、被告国自らが、「実は余り賛成しない」という「嫡出でない子」ということを、「この区分を正確かつ明瞭に公示するため」(被告準備書面(2)5頁)のものである。しかも、続柄を差別記載することは戸籍法によって求められているのではなく、法務省が規則附録6号戸籍の記載のひな形によって、独自に制定したにしか過ぎない。その上、「男・女」という記載が性別にしか過ぎず、親族関係を表す続柄として相応しくないことを自ら認めている。そして、2004(平成16)年11月1日に「男・女」という続柄差別記載は人権上の問題があるので消除されている。(原告準備書面(1)21~23頁参照)

しかし、国は「申し出」をしても、婚外子の関連する戸籍に「男・女」という続柄差別記載を維持するという通達を発出した。その目的は、すでに原告が以下のように陳述した通りである。

被告国等は婚外子の基本的人権を法と行政慣行等のあらゆる局面で蹂躙することによって、婚外子は社会関係の全ての局面で差別されて当然であるとの国としての規範を示してきた。その結果社会一般に婚外子に対する差別意識が醸成され、またその意識を国は立法の根拠としてきた。国民が持つように仕向けられた差別意識を立法の根拠とすることによって、立法不作為、国際法違反等の責任を国民の意識に転嫁してきたのである。(原告準備書面(1)28頁)

一方従来から、被告国は批准した国際条約について、以下のようなふざけた国会答弁を繰り返している。

第126 回- 衆議院- 外務委員会 - 7号  平成05年05月11日
○岡光 民雄君(法務省民事局参事官)
私の方からは、(こどもの権利条約について)相続分の問題、それから婚姻年齢の問題、この二つの問題をお答えさせていただきたいと思います。
 相続の問題は、確かに嫡出子と嫡出でない子と相続分に違いを設けてございます。嫡出でない子は嫡出子の相続分の半分、こういうふうな規定が民法にあるわけでございますが、ただ、相続の問題というのは親と子の問題でありまして、子供が児童であるかどうかにかかわらないわけでございまして、六十の方がお亡くなりになって三十の方が相続される場合でもそういうことが起きるわけですから、児童の固有の問題ではないとは思っておりますけれども、

第162回 - 衆議院 – 法務委員会 – 8号 平成17年03月30日
○南野国務大臣 締約国の責任というのは先ほど申し上げたとおりでございますので、条約の締約国として責任を果たしていないということではないということで、これは差別ではないということでございます。
 条約委員会の最終見解に反しているとも言えません。それは、条約委員会の最終見解がもっともなものであれば、法的拘束力を有するものではないとしても、これに従うことも検討しなければならないと思いますけれども、嫡出でない子の相続分に対する最終見解ということが条約に対する理解を誤っていると考えておりますので、その最終見解を受けて民法改正をする必要もないというふうに思っております。
「最終見解ということが条約に対する理解を誤っている」すなわち国連規約委員会が条約の解釈を誤っているという答弁を行っている。(原告準備書面(2)54~56頁参照)

「子どもの権利条約」は、基本的人権が子どもにも保障されるべきことを国際的に定めた条約であり、1989(昭和64)年国連総会で採択され、日本は1994(平成6)年に批准し、国連の条約の中でも最多の192ヶ国が批准している。
 その本旨は、子どもを「保護する対象」とだけ見るのではなく、「育つ主体」としての子どもの人権を重視することにある。

「本件規定(婚外子相続分差別)の定める差別がいかなる結果を招いているかをも考慮すべきである。双方ともある人の子である事実に差異がないのに、法律は、一方は他方の半分の権利しかないと明言する。その理由は、法律婚関係にない男女の間に生まれたことだけである。非嫡出子は、古くから劣位者として扱われてきたが、法律婚が制度として採用されると、非嫡出子は一層日陰者とみなされ白眼視されるに至った。現実に就学、就職や結婚などで許し難い差別的取扱いを受けている例がしばしば報じられている。本件規定の本来の立法目的が、かかる不当な結果に向けられたものでないことはもちろんであるけれども、依然我が国においては、非嫡出子を劣位者であるとみなす感情が強い。本件規定は、この風潮に追随しているとも、またその理由付けとして利用されているともみられるのである。
こうした差別的風潮が、非嫡出子の人格形成に多大の影響を与えることは明白である。我々の目指す社会は、人が個人として尊重され、自己決定権に基づき人格の完成に努力し、その持てる才能を最大限に発揮できる社会である。人格形成の途上にある幼年のころから、半人前の人間である、社会の日陰者であるとして取り扱われていれば、果たして円満な人格が形成されるであろうか。少なくとも、そのための大きな阻害要因となることは疑いを入れない。こうした社会の負の要因を取り除くため常に努力しなければ、よりよい社会の達成は望むべくもない。憲法が個人の尊重を唱え、法の下の平等を定めながら、非嫡出子の精神的成長に悪影響を及ぼす差別的処遇を助長し、その正当化の一因となり得る本件規定を存続させることは、余りにも大きい矛盾である。」(1995(平成7)年7月5日 大法廷・決定 平成3(ク)143 遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告)と判示されていることからも明らかなように、婚外子相続分差別は子どもの権利条約によって保証された「育つ主体」としての子ども「婚外子」の人権を侵害しているのである。

国連女子差別撤廃委員会第29回会期 日本国報告・審査(2003年)では、35.委員会は、また、戸籍、相続権に関する法や行政措置における婚外子に対する差別及びその結果としての女性への重大な影響に懸念を有する。
という勧告が下されている。

これは、「婚外子」差別の結果として「婚外子」と親権者・養育者としてシングルマザーが重大な苦境に立たされること、またそれを目の当たりにした女性が望まない妊娠中絶に追いこまれることなどを指摘しているのである。

これはまた、法律婚によらずに出産した子を「嫡出ではない」とすることは、女性の妊娠し、出産するという絶対的人権に対する侵害であることを示す勧告である。

ところが、被告国は国としての条約の解釈にあたって
「相続の問題というのは親と子の問題でありまして、子供が児童であるかどうかにかかわらないわけでございまして、六十の方がお亡くなりになって三十の方が相続される場合でもそういうことが起きるわけですから、児童の固有の問題ではない」
「男女において相続分に差異を設けるものではないことから、男女の平等の理念に反するものではなく、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(昭和六十年条約第七号)に違反するものではない」
を正解とするという破廉恥極まりない国会答弁を行っているのである。

被告国は、「憲法 第98条 2項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」を無視する、この国会答弁を維持したいのなら、国連において上記の条約解釈を開陳し、日本国審査に臨めばよいのである。

しかしながら、日本国がかかる条約解釈を行えば、国連人権理事会において一蹴されるばかりでなく、日本国の国際条約を誠実に遵守しようとする精神について、国際社会において疑いの念を抱かせるのは火を見るよりも明らかである。

戦後日本の国際社会への復帰は、大日本帝国が戦争を遂行する過程で犯した、いわゆる戦争犯罪について、国際条約違反であることを受け入れることを前提として許されたものである。
それ故に、日本が国際条約の締結国としての義務を誠実に果たそうとするか否かは、日本国の存続に関わる問題である。

被告国は上記のふざけた国会答弁を繰り返すことで、婚外子の人権などはまともな議論の対象ではなく、欺瞞的な切り返しで居直っていればすむ問題だという見解を示したのである。このような被告国の態度は、婚外子に対する社会的差別を助長するものでもある。

裁判所におかれては、被告国等の原告と裁判所を愚弄するばかりでなく、「最終見解ということが条約に対する理解を誤っている」などという国連条約委員会のみならず、引いては国連を中心に結集する国際社会をも愚弄する態度、認識を排斥し、原告に対して損害賠償を認める判決を下されることを求めるものである。

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