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原告側 準備書面(1) 2005年7月7日付
2005 / 10 / 14 ( Fri )
第2 民法について

被告国等は民法779条と790条と900条4号について民法が差異を設けている例とするが、779条は認知についてであり、790条は子の氏についてであり、900条4号は相続分についてである。被告国等はこれらの条文を持ち出せば婚外子の戸籍続柄の差別記載が正当性を持つとの判断がなされるであろうから、これらの条文を持ち出してきたのである。

第1で述べたように2004(平成16)年11月1日以降民法の規定に関わりなく、不適切な記載であるが故に、続柄差別記載の根拠とされた雛形は消除されたのである。しかるに被告国等は婚外子に対する戸籍続柄の差別記載の正当性をいう為に、民法779条と790条と900条4号を持ち出してきた。これは徒に裁判を紛糾させると思うが、被告国等が主張する以上、原告としては反論せざるを得ない。

1.民法779条について
民法779条の要請に基づいて戸籍に認知記載がなされるのであるから、認知記載によって、婚外子を特定することができるのである。戸籍法には子の続柄について、嫡出子かどうかで続柄において異なる記載を求める明文規定がないのである。認知記載による嫡出子かどうかの特定が可能であれば、プライバシーの保護を解釈基準とする戸籍法においては、779条はむしろ続柄の差別記載を否定する根拠となるものである。

しかし、被告国等は779条を子の法的地位が区別される根拠と考え、その結果続柄の差別記載が許される根拠であると考えた。
分娩によって母は確定できるので、実質的には子の父との関係における考察をなすべきである。すなわち嫡出子が認知によらずに法的な父を持ち、婚外子が認知によらなければ法的な父を持たないことになんらかの価値を感じたのであろう。
しかし、嫡出子もまた父母の婚姻届によって父を推定されているのであり、子が法的に父子関係を持つためには、なんらかの人為的な届け出が必要であるという観点では嫡出子と婚外子の間で区別はない。そして、結ばれる親族関係は共に血族一等親である。また、胎児認知によれば、婚外子も生来的に法律上の父を持つことが可能であるので、779条を子の法的区別の例とする理由は不可解である。

にもかかわらず、嫡出子が生来的に法律上の父を持ち、婚外子が認知によらなければ法律上の父を持たないと思い、それを法的区別と考え続柄記載に異なる記載として反映させるべき根拠であると考えるのであれば、被告国等の主張はいわゆる「父なし子」への偏見によるものと言わねばならない。これは、父母を知る方法がなく、そもそも嫡出子かどうかも分からない、棄児(いわゆる捨て子)の続柄が婚外子と同じく「男・女」であったことからも明らかである。

認知記載については、第77回 - 参議院 - 法務委員会 - 7号 昭和51年05月20日で戸籍法改正に関わる項目として質疑されている。答弁の中で認知記載がなされる事により婚外子に対する社会的差別が助長されることを政府が認めている。

○佐々木静子君 私は、この戸籍法改正に際してぜひお願いしたいと思うのが、日本の戸籍法の施行規則三十九条の新戸籍に記載される事柄ですね、これに、「一」が「出生に関する事項」、「二」が「嫡出でない子について、認知に関する事項」というのがあるわけですね。これが新戸籍をつくる場合にもついて回るというところに、私は非常にいまの日本の戸籍法の人権擁護に対する配慮が乏しいんじゃないかと。……以下略……

○法務省民事局長 政府委員(香川保一君) 新戸籍をつくります場合に認知事項を記載するというのは、これはもう端的に申し上げまして、父子関係を明らかにしておくということに尽きるわけでございます。で、これは非常に問題があるわけでございまして、本来言えば、本質的に認知された子であろうとなかろうと、そんなことはちっともだれも何とも思わないという世の中になれば一番結構なんですけれども、現実はなかなかそうはいかないという点は確かだと思うのであります。さような現実を踏まえますと、戸籍といたしましては、実体法上あるいは手続法上、必要最小限度の記載にとどめるということになるわけでございますが、この点はお説のようないろいろの問題ございますので、十分検討したいと思いますけれども、そのほかにも、いろいろ現在の戸籍に書いておる事項で必要最小限度という観点からいかがかと思うものもほかにもあろうかと思うのでありまして、いま総ざらい検討しておるのでございますけれども、ただ、もう十分御承知と思いますけれども、認知事項を書かなくても父親の名前と子供の名前、氏が違うわけでございますね。そうすると、これはどうしてだろうかという疑問がそこに出るわけでございまして、その面までわからぬようにするというわけにはなかなかまいらない。したがって、この認知事項の二をやめましても、全くそれじゃそういった事柄がわからなくなってしまうかというと、さようにはまいらぬ面があるわけでございます。しかし、その辺のところも、これはさらにいろいろ氏の変更というふうなことでわからぬようにする方法もそれはあると思いますけれども、この事項の記載をやめるだけでは解決しない問題でもあるわけでございまして、その辺も踏まえて十分検討いたしたいと思います。
 
○佐々木静子君
 『これはいまの父と子供の氏が違うというのは、これは養子にやっても違うし、それから嫡出であっても両親が離婚すれば違うし、違う場合は幾らでもあると思うし、氏が違ったって、どっちみち結婚とか何とかいうことで氏が変わる場合は幾らでもあるんですから、氏が違うということはそれほど差別につながらないと思うわけなんですね。』しかし、もちろん嫡出子と非嫡出子というものが全く平等に何ら偏見なく取り扱われるという社会が実現するということが最も望ましいわけですけれども、そこまで至らぬとすれば、この認知をされたという事項を戸籍に残す、しかも今度閲覧制度を禁止したとか何だかんだ言っても、戸籍謄本というものは、これは就職にしても結婚にしてもやれ何にしても、いろいろ要るわけですね、先ほどおっしゃったように。そのたびにその認知されたという事項は、その人が死ぬまでついて回るわけですね。そうしてそのついて回る子供自身は何ら罪がないわけなんですから、むしろその父親について回るというならこれはまだ制裁的な意味もあるかもしれないけれども、生まれてきた子供は何にも知らないで生まされているんだから、それが一生ついて回るというのは、私はこれは大変な人権問題だと思うわけですね。ですから、ほかのいろいろ言われましたけど、そういう説明とは本質的にこれは意味が違うと思うので、これは明らかに差別を残す規定だと思いますね。ですから、これは法律じゃなくて規則でもありますし、ですから、何とかこれは早急に御検討いただきたい。これは大変に不幸な運命を背負って、一生そのために不利益を受ける子供の――子供というか、その人の一生の立場を考えてあげたときに、当然これは考えていただかなければいけないというふうに思うわけなんで、ぜひともそれは強くお願いしたいと思います。

法務省民事局長 香川保一氏は「認知事項を書かなくても父親の名前と子供の名前、氏が違うわけでございますね。そうすると、これはどうしてだろうかという疑問がそこに出るわけでございまして、その面までわからぬようにするというわけにはなかなかまいらない。」と述べる。それが、政府の考えであるなら、戸籍とは「国民各個人の身分関係を公証する」というより、国民の疑問すなわち「好奇心」に応えるものであるが如くである。
佐々木静子氏が「むしろその父親について回るというならこれはまだ制裁的な意味もあるかもしれないけれども、生まれてきた子供は何にも知らないで生まされているんだから、それが一生ついて回る」というのは、父が転籍(戸籍の改製など行政の都合によっても)すれば認知記載が消えることをいう。相続人が現行戸籍から消えてしまうという不都合が起こるのは、明治民法による戸籍記載との間に齟齬が生じているからである。

明治民法下では、認知されれば庶子として父家の戸籍に入籍するので移記事項にするまでもなかったのである。これは、戦後の戸籍法、戸籍法施行規則の改正がいかに拙劣であったかの証明でもある。
上記国会質疑でも明らかなように、認知記載がなされ、それが移記されることにより婚外子に対する社会的差別を助長するのであるから、戸籍法施行規則による認知事項の移記はそれ自体法の下の平等違反であるし、プライバシーの保護を解釈基準とした戸籍法違反でもある。

法務省は答弁で「本来言えば、本質的に認知された子であろうとなかろうと、そんなことはちっともだれも何とも思わないという世の中になれば一番結構なんですけれども、現実はなかなかそうはいかないという点は確かだと思うのであります。さような現実を踏まえますと、戸籍といたしましては、実体法上あるいは手続法上、必要最小限度の記載にとどめるということになるわけでございますが、この点はお説のようないろいろの問題ございますので、十分検討したいと思いますけれども、そのほかにも、いろいろ現在の戸籍に書いておる事項で必要最小限度という観点からいかがかと思うものもほかにもあろうかと思うのでありまして、いま総ざらい検討しておるのでございます」と述べている。

「戸籍といたしましては、実体法上あるいは手続法上、必要最小限度の記載にとどめる」というのであれば、認知記載によって弁別がつくので、当然にも続柄の差別記載は許されない。法務省が原告の関連する戸籍に「女」という記載が残ってしまう通達を出したのは、自ら行った国会答弁に背く行為である。いかに通達が拙劣なものであるかの証明でもある。






2.民法790条について
次に被告国等は民法790条の規定が婚外子の続柄差別記載に関連するが如くに言うが、民法791条の規定によって子の氏が変わっても、続柄は変化しない。
それでは、被告国等が子が母の氏を称する事と続柄には関連がないにもかかわらず、嫡出子と婚外子を区別するものとして民法790条を提示した理由は何であろうか。

明治民法においては、婚姻によらないで母の産んだ子は私生子として母の氏を称した。父が認知すると父家の戸籍に移り、父の氏を称し、庶子となった。それにともない、続柄も「私生子男」から「庶子男」へなどと変化した。また、私生子に対して、庶子は嫡子と同じく公生子とされた。家父長制の家制度の下に、父家の子として父の氏を称する子と、父家に入れられず母の氏を称する子の間に差別があった。
すなわち、父の氏を称する子は公生子としての地位を持ち、母の氏を称する子は私生子として下位の身分とされた。そして、公生子と私生子という差別に照応して続柄が変化したのである。

現在婚姻に際して、夫の氏を称することを選択する割合は現在も98%近いという。父母の氏とは、実のところ夫=父の氏であると一般的に認識されている。

もし、本件決定が父母(事実上は父)の氏を称する子と母の氏を称する子が存在することに(子が称する氏と続柄の記載に関係がないにもかかわらず)なんらかの区別を見いだすのであれば、それは明治民法に引きずられた思考をしているからである。そして、その内容は父の氏の母の氏に対する優越であり、明白な女性差別である。

また、子に対して異なる続柄を与える基準が、子が父母(事実上は父)の氏を称するか、母の氏を称するかによると考えるならば、その発想は明治民法の規定に因るものである。

被告国等の主張が女性差別と明治民法における家制度に由来する思考によって為されたのであるなら、原告の関連する戸籍に続柄差別記載を維持する通達もまた当然に差別意識によるものと言わざるを得ない。


ところで、婚外子が母の氏を称するのは、もっぱら婚外子が母の手のみで養育されてきたのであろうから自然なことのように思われている。

しかし、明治政府司法省が民法制定の資料とするために編纂した民情調査集「全国民事慣例類集」(甲第9号証)によると、妻妾外の出生による婚外子の多くが父方の引き取りによって養育されていることが記されている。
しかも「別段嫡庶の区別なき」という。

そうであれば事実あった親子関係の沿革は、妻妾制による婚外子はもちろんのこと、妻妾外の女性からの出生による多数の婚外子が父の氏を称していたということになる。

しかしこのような民情を無視し、明治6年1月18日太政官布告二十一号
「妻妾にあらざる婦にして分娩する児子は、一切私生を持って論じ、其婦の引き受けたるべきこと。」が出された。これ以降、婚外子の養育義務は一般的に母に全責任を負わせるのが当然であるかの如き風潮が生じたのである。

このように民情と乖離した施策が明治政府によって取られたことにより、母にのみ婚外子の養育義務を押しつけるという、男の無責任を助長する女性差別が開始されたである。

法制度は人為的に作られたものであり、かつ強制力を有するものである。この法制度に従わされて生活を続けて行くうちに、人々はその法制度が社会生活の反映にしかすぎず、あたかも自然の理であったかの如き錯誤に陥る。

明治6年太政官布告二十一号から明治31年の明治民法制定までの間に、婚外子はもっぱら母の手のみによって養育されていたという、事実と異なる親子関係の沿革があったかのような錯誤が生じたのである。

母のみに婚外子の養育義務を押しつけるという女性差別政策の帰着が民法790条「嫡出でない子は、母の氏を称する。」に凝縮しているのである。
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原告側 準備書面(1) 2005年7月7日付
2005 / 10 / 14 ( Fri )
3.民法900条4号について

民法900条4号の 「但し、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1」という条文の立法趣旨は「法律婚の尊重」のためであるといわれている。
この差別規定は1898年(明治31年)制定の明治民法による。この明治民法は家制度を基盤とする「忠孝一体」の天皇制国家としての大日本帝国を編成するための法制度である。
① 婚外子相続分差別規定の立法趣旨が立法当時から「法律婚の尊重」のためであるというのなら、家制度による家督相続という法律婚尊重とは相容れない相続制度を中心とする法体系の中に立法当時より法律婚尊重という規定が紛れ込んでいた事になるのである。

②それとも、敗戦後の昭和22年の民法改正によって、立法趣旨が「家制度」維持の為から「法律婚の尊重」のためにすり替えられたものなのか。そうであるならば、そのようなすり替えが許されることを近代法の原則「法律的負担は、その行為叉は過ちを犯した本人にのみ課せられる」に背反せずに論述しなければならない。
「法律婚の尊重」が婚姻道徳・性道徳にかかわるのであれば、当時行われていた公娼制との関連で整合性を持って論証しなければならない。また、婚姻外の性交渉が倫理に反するので婚外子差別が肯定されると言うのであれば、婚外子差別という人権侵害が倫理に反しないことを論証しなければならない。倫理を求める規範が倫理を犯してはならないからである。

すなわち、民法900条4号の立法趣旨が「法律婚の尊重」のためであると言いたいのであれば、①②いずれかを証明しなければならない。

次に「法律婚の尊重」と婚外子個人の尊重が著しく不合理でなくなる相続分の割合が二分の一であることを合理的、客観的に証明しなければならない。これは、「法律婚の尊重」のために婚外子の相続分が少なくてもよいという証明とは別個のものである。明文で二分の一という以上、三分の二や四分の一でなく、二分の一が合理的であることの客観的証明が必要とされるのである。

また、婚外子は母からの相続についても、差別される。母からの差別がどのように「法律婚の尊重」の趣旨に適うかも論証されなければならない。

しかし、①②が証明されたこともなければ、二分の一という数値の合理性が証明されたことも、母からの相続差別がどのように「法律婚の尊重」の趣旨に適うかも証明されたこともない。
それは、婚外子相続差別はあくまでも一貫して「家制度」維持の為であり、「法律婚の尊重」のためというのは強弁に過ぎないからである。

発足したばかりの明治政府は、開国時に結ばれた不平等条約を撤廃するために、民法制定を急務としていた。江藤新平の「フランス民法を邦訳しフランスとなるところを日本として我が国民法に」という、むちゃな意見すらあったほどである。
 明治政府はお抱え外国人法学者であるフランス人ボワソナード(彼自身、婚外子として出生した。)等に依頼する一方、司法省による民情調査がなされた。これは「全国民事慣例類集」として編纂されている。
ボワソナード等のいわゆる旧民法は穂積八束等の「民法出でて忠孝滅ぶ」という強硬な反対論によって、施行されることなく葬りさられた。政府は改めて、梅謙次郎・穂積陳重・富井政章に民法制定を依頼し、明治民法が明治31年に制定された。
さいわい梅謙次郎が「民法要義」(甲第10号証)において立法趣旨を述べているので、それを見てみることにする。

(1.) 家督相続
家督相続とは、「戸主たる身分的地位と戸主に属する財産を受継するもの」であり、また「帰属の明らかではない財産は戸主の財産とされ」明治民法においては主たる遺産の相続とされた。
梅謙次郎は家督相続の規定を「徳川政権下の武家の慣習」によったという。穂積陳重も家督相続人と遺産相続人は「相続の目的によって定まる」という。
明治民法は全国民に武家同様の男系男子による相続を強制し、家督相続人を得るために事実上の妻妾制をとった。
穂積陳重は「相続法原理講義」(甲第11号証)において、「嫡子を先にし庶子私生児を後にするごときは必ずしも被相続人の意志に適合せるものと言うを得ず唯公益上この如き順序をさだむるにすぎず」という。このように、婚外子差別は家制度維持のためと立法者は明言している。

(2.)遺産相続
遺産とは家督以外の個人の資産とされ、誰の物か分からない財産は家督とみなされた。
遺産相続において梅謙次郎は「嫡出子なると庶子もしくは私生子なるとにより相続権の同じからざるは古今東西皆同じき所なり わが邦に於いても令に庶子は嫡子の半分を受くるものとせり」という。
しかしながら古の代表「ハムラビ法典」においては父が自分の息子と認めていた子と妻の生んだ息子の間は均等相続である。(「ハムラビ法典」については同僚の穂積陳重が著書「法典論」で解説をしている。梅謙次郎が知らないはずはない。)
当時の知識人が学び、明治憲法にも取り入れられた天賦人権説の本家フランスにおいては革命第二年霜月十二日の法において、「嫡子」と「そうでない子」は均等待遇である。
大宝律令が「嫡子に2分、庶子の1分」の相続を認めたことを持ち出す法学者もいる。(第187帝国議会 穂積陳重)
しかし、大宝律令でいう「嫡子」とは跡取りすなわち嗣子のことで、それ以外の子は母がだれであろうと「庶子」という。また古代の律令などを持ち出して近代法の立法主旨の説明をすること自体、相続分差別の異常さの証明にほかならない。
明治政府が民法制定のために全国の民情を調べた「全国民事慣例全集」の中には最年長の男子が妻の子かどうかに関わりなく家督相続する例も記載されている。また、当時相続といえば家産にかかわるものといわゆる形見分けであり、個人資産という概念は乏しい。そして、平常の取り扱いについては妻の子かどうかによる差異がないという。

(3.)また梅謙次郎は民法要義で「庶子及び私生子」について「外国に於いては乱倫の子、姦通の子等は一般の私生子とその待遇を事にする例少なからずと雖もこれ父母の罪に因りて罪なき子を罰するに均しくその謂われなき所にして殊に従来の慣習に於いても名義上の区別為したる例なきが故に我民法に於いては之を区別せず」という。
姦通子(既婚者との子)が男子であれば嫡女子を飛び超えて家督相続人にするためには、自然子(双方未婚時の子、内縁関係の子)より下位におくことができないので「罪なき子を罰するに均しく」などとおためごかしを言ったにしかすぎない。
キリスト教において、婚外子は神の秘蹟である結婚を冒涜した親の罪を代贖(代わりに償わせる)させるために人としてあつかわず悪魔の子として処遇するべきであると考えていた。婚外子を生来的に「罪のある子」とみなしていたのである。「罪なき子」と言うのはキリスト教における婚外子に対する概念を受け入れた上での発想である。子について「罪」を問うなどという発想はそれ以前の我が国の親子関係の沿革の中にはない。ついでながら「婚外子に親の罪を代贖させる。」という従来のキリスト教の教えはまったく不当であるとして、1962~65年に開催された第二バチカン公会議においてローマ法王庁によって公式に否定された。この第二バチカン公会議には公会議史上初めて世界五大陸から参加者が集まり、教会の現代化をテーマに多くの議論がなされた。20世紀のカトリック教会において最も重要な出来事であり、現代に至るまで大きな影響力をもっている。
このような背景事情の基、ヨーロッパ諸国は1972年に婚外子の地位に関する国際会議を開催し、差別撤廃のための条約が制定されたのである。
(European Convention on the Legal Status of Children Born out of Wedlock
Strasbourg, 15.X.1975)
この会議への招待を法務省は独断で出席せず、結果として重大な人権侵害であるとの認識に立ち婚外子差別が撤廃されるという世界の潮流から日本は取り残されることとなった。

 相続差別は明治民法から引き続き行われている差別である。明治民法は家制度確立のためにあり、法律婚の尊重などみじんも考えていない。相続分差別は実態としてある妻妾制隠しのための規定にしかすぎない。
主たる相続である家督相続では、嫡女子より庶男子が優先する。そこで家督相続した庶子に父の妻を扶養させる必要が生じた。というわけで、庶子と父の妻との間には嫡母庶子関係として親族一等親の関係を擬制し、庶子に父の妻の扶養義務を負わせた。親族一等親を擬制するので当然にも嫡母庶子間に相続権が発生する。
このような条件の下では、家督相続以外の個人の遺産相続はどのようになるのか?子の相続分が全て均等だとすると
     
      父    母
嫡子    1 +  1       = 2 
    
  父  嫡母(父の妻) 実母
庶子    1 +  1 +    1 = 3
これでは同じ家に属する庶子の相続分が3になり、嫡子の2を上回る。

父・嫡母(父の妻)からの庶子の相続分を1/2にすれば、嫡子と庶子の相続分は同等になる。庶子の実母は妾であると想定されているので、彼女の産む子は父を同じくする庶子のみと考えられ、庶子同士は均等になる。

      父   嫡母(父の妻)  実母
庶子    1/2 +  1/2 +     1 = 2

こうして、家を同じくする嫡子と庶子の相続分は等しくなる。奇しくも当時ヨーロッパの多くの国あった相続分差別に表面上似ているので、あたかも法律婚を尊重しているように見える。
 しかし、ヨーロッパでは双方未婚時に生まれた子を自然子、既婚者との子を姦生子、近親相姦などによる子を乱倫子としていた。当然姦生子のほうが相続で自然子より差別(自然子の80%など)され、相続分は1/2に届かなかった。
 日本では、家督相続において庶子すなわち姦生子が嫡子を押しのけることがある。主たる相続ではない遺産相続において一見嫡子を優遇しているようにみせかけ、法律婚無視の家督相続における男子優先を隠し、あたかも一夫一婦制の近代国であるとみせかける。これが、遺産相続における相続分差別の真の目的である。これ以外に婚外子の相続分を二分の一とすることを客観的、合理的に証明することはできない。

また、家制度を維持するためには、父家の跡継ぎにするために、実母からいつでも私生子を庶子として取り上げる事が出来るようにしておく必要がある。であるから、「婚外子」は実母との縁が薄い子であることを示すために、母からの相続においても差別されるのである。家制度による妻妾制の復活を阻止したいのであれば、昭和22年の民法改正時に、すべての子を母の嫡出子とする必要があったのである。

あくまでも、母からの相続差別が「法律婚の尊重」という立法趣旨によるというのなら、それが証明されなければならない。母が法律婚で産んだ子と内縁関係で産んだ子(父が同じであることもある。)の相続分を差別することが、いかなる論理で「法律婚の尊重」という立法趣旨に適うのかが開陳されなければならない。

このように、婚外子相続分差別については、母からの相続差別があることも、相続分が二分の一であることも「家制度」に基づく差別であると考えると合理的に説明できる。また家産制度を廃止し、個人財産制をとったのにも関わらず、婚外子の相続差別を論じる時に、あたかも父家の家産の処理であるがごとくに論じるのも、「家制度」に基づく差別であるからである。

戦後の民法改正時の議論は以下の通りである。
第1回 - 参議院 - 司法委員会 - 24号  昭和22年09月23日

○政府委員(奧野健一君) それでは前回の続きを御説明いたします。 今日は第五編相続の編からであります。この前にお話を申上げましたように、今回家の法律上の家制度を止めた結果、戸主権の承継である家督相続の制度を止めることにいたしたのであります。家督相続の制度は、家の戸主権の承継と、及びその戸主の持つております財産全部をその家督相続人一人に承継せしむるという制度でありますが、戸主権の承継ということがなくなつた結果、及び一人のみに全財産を承継せしむるという制度もやはり個人の平等という点から適当ではないというふうに考えまして、家督相続を止めて財産はすべて遺産相続になりますが、その遺産相続はいわゆる諸子均分相続ということにいたしたのであります。
……………中略……………………… 
次に「相続分」であります。共同相続人がある場合に、その相続分をどういうふうに決めるかという点を規定したのが九百條でありまして、大体現行法の千四條に該当する規定でありますが、これは全く新らしく内容を規定いたしたわけであります。即ち直系卑属、いわゆる子供とそれから配偶者がある場合においては、子供は三分の二を取つて、残りの三分の一が配偶者の相続分になるわけであります。即ち子供が二人の場合には、子供が各各三分の一ずつ、配偶者も三分の一ということになります。ところが、子供が三人ということになれば、子供の三人で三分の二を分けるわけであります。そうなると、配偶者の方が三分の一になりますから多くなるわけであります。子供が一人のときには、配偶者は三分の一で、三分の二を子供が取るということになるわけであります。
 …………中略…………………
ただ直系卑属の中で、嫡出の子供とそうでないいわゆる私生兒、庶子、もうそういう言葉はなくなりましたが、嫡出とそうでないものとある場合には、嫡出であるものの直系卑属の相続分の二分の一を嫡出でない者が相続することになります。この点は諸子均分という平等の原則に違反するのではないかという議論もありますが、やはり正当な婚姻から生れた子供とそうでない子供との間において区別をするということは、これは正当な婚姻を奬励尊重するという上から、各國そういう取扱いをいたしておるところでありまして、これは必ずしも憲法に違反するものではない。要するに嫡出でない子供を相続人の中に入れることが第一非常に問題であるのでありまして、相続人の中に加えるかどうかということは法律を以て自由に決め得ることでありますから、そういう者について嫡出である者との間に相続分の差異を生ぜしめても憲法違反ではないというふうに考えておるわけであります。

明治民法1004条に妻の相続分を追加したのが現行民法900条である。民法900条の規定は妻について以外は明治民法を引き継いだものである。
婚外子相続分差別の明治民法における立法趣旨が家制度によるものかどうかの考察はなされることなく、法律婚尊重を立法趣旨としている。

婚外子相続分差別が平等原則に反し憲法違反であるということが認識されながら「法律を以て自由に決め得る」という。

これは、大日本帝国憲法の
第二十二條 日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ居住及移轉ノ自由ヲ有ス
第二十九條 日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス
の基本的人権を法によって制限できるという発想である。

すなわち、民法900条4号は日本国憲法
第24条2項 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
の理念によって立法されたのではないのである。

しかしながら明治民法が醸成した婚外子に対する差別意識が憲法の理念にまさったのである。この差別意識の強烈さは婚外子を犯罪者と決め付ける国会議員の答弁によっても明らかである。

第1回 - 衆議院 - 司法委員会 - 44号 昭和22年10月03日

○榊原 千代君 私は司法省に私生子の犯罪比率の統計提出を求めましたが、ないということで遺憾に存じますが、恐らく正統な父母の中に育つた人間よりも、姦通によつて生み出されて人となつた人間に犯罪率が高いであろうとは、あらゆる面から推察されます。

明治民法の差別規定と戸籍において差別が公示された結果、社会全般に差別意識が蔓延し、社会党左派に属する国会議員までが自己の主張が自らの差別意識の所産にしか過ぎないことにすら気付かない有様である。
また、これは現行民法の起草者についても同様である。
第116 回- 衆議院 - 法務委員会 - 6号  平成01年11月22日

○稲葉(誠)委員 ですから、身分法というのは非常に大きな一つの問題点を抱えておるわけですね。率直に言うと、法務省の中では、身分法は特別養子の制度を法定しさえすればもう終わりなんだというのではなくて、身分法小委員会がそれだけの留保事項があるわけですから、それについて真剣に取り組んでもらいたい。どれを先にやるか、これは内部の問題かもわかりませんけれども、夫婦別姓の問題、そしていわゆる出生差別の問題、これらの問題も中心として取り組んでもらいたい、こういうふうに私は考えておるわけです。
 それから、実は今NHKが市民大学をやっておりまして、東京大学の利谷さんが「家族の法を考える」というので、教育テレビでやっているわけです。私もほとんど聞いているのですが、その中でこういうのがあるのですね。
 夫婦・親子の関係をたばねる家族像が存在しています。
  現在の民法の起草者であった我妻栄、中川善之助両教授は、戸主と家族からなる明治民法の「家」を否定して、当時すでに現実の主要な家族形態となろうとしていた夫婦と未成熟の子どもからなる核家族を、民法の家族像にしようとしました。
  これにたいして牧野英一教授は、妻より親を尊重すべきだと強く主張し、起草委員も妥協して「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」(民法七三〇条)と規定することに同意しました。

ここで現行民法の起草者であると述べられている中川善之助教授は実用法律事典・親子第一章「制度としての親子関係」(甲第12号証)の中で「婚外子が、私生子、私生子と呼ばれ、世の指弾をうけながら、あるいは冷たい境遇に泣き、あるいは世間の酷薄に反発して世をのろう身になった実例は数え切れないほどある。」と自己の婚外子に対する偏見を披瀝している。

民法の起草者、国会議員と雖も一般社会に蔓延する差別意識から自由ではなかったのである。ともに現行憲法の理念からではなく、「婚外子は反社会的な存在であるから差別もやむなし。」という前提から議論を進めているのである。

1980(昭和55)年の民法改正時に配偶者の相続分が三分の一から二分の一に引き上げられるのとともに婚外子相続分差別の撤廃も審議されたが、その時にも婚外子犯罪者論が述べられている。

第91回 - 衆議院 - 法務委員会 - 13号  昭和55年04月08日

○鯉渕参考人(財団法人全国未亡人団体協議会事務局長) 第一の問題(婚外子相続分差別の撤廃)につきましては時期尚早だと思います。いま大変未婚の母がふえておりまして、その母子家庭には非常に問題がございます、子供がぐれているとか。死別はほとんどよい子で育っておりますけれども、離婚と未婚の母、これはわれわれも困っているということでございまして、そういう子にまで認めるというのは時期尚早と私は存じます。それは私の体験の上からでございます。よろしくお願いいたします。

鯉渕参考人は「いま大変未婚の母がふえて」いると言うが、この年婚外子の出生率は全出生中過去最低の0.8%でしかない。

差別の原因を被差別者に転化するのは差別者の常套手段である。「婚外子が社会から差別されるが故に犯罪を犯す。」と考えているなら、差別をやめれば犯罪も減るのであるから、社会の安寧のためにも即刻差別をやめるべきである。

「犯罪比率の統計」がないにも関わらず、「婚外子は犯罪率が高い」と「推察」するような、偏見の持ち主等によって、婚外子相続分差別規定は維持されてきたのである。婚外子相続分差別は婚外子を家族の一員ではなく犯罪者とみなし、犯罪者への処遇として議論されてきたのである。かかる異常な前提にたつ議論の結果、憲法価値そのものを毀損する婚外子差別法制度が制定されたのである。

第一の2でのべたように、最高裁は法律婚と重婚的内縁関係の妻が遺族年金の受給権で競合した時「法律上の婚姻によって成立した利益に対する保護を優先」していない。
最高裁は判例 S58.04.14 第一小法廷・判決 昭和54(行ツ)109 遺族年金却下取消(第37巻3号270頁)で「法律婚の妻の利益より内縁の妻の利益」を優先し、
平成17年04月21日 第一小法廷判決 平成16年(行ヒ)第332号 遺族共済年金不支給処分取消請求事件であらためて先の判断を追認している。

「男性と戸籍上の妻との婚姻関係は実体を失って形骸(けいがい)化しており、内縁の妻は事実上婚姻関係と同様の事情にある」である事が判断基準であるのなら、内縁関係について「事実上婚姻関係と同様の事情」が認められればその間の子を婚姻関係による子として認めても差し支えないと言える。
このように法律婚と内縁関係との差を限りなく近づけながら、子の処遇についてのみ妻と妾の子について論じ出すのも、婚外子差別が家制度に基づくものだからである。

以上述べたように、婚外子相続分差別は家制度確立の為の法制度として、大多数の国民が行ってきた慣行、すなわち親子関係の沿革とは無関係に、「武家の制度」を規範にして明治政府によって創り出された差別である。昭和22年の民法改正時にも、現行憲法の規定に反することが意識されていたので、衆議院において「可及的すみやかに、見直す。」という附帯決議がなされた。

第1回 - 参議院 - 司法委員会 - 24号  昭和22年09月23日 で、「正当な婚姻を奬励尊重するという上から、各國そういう取扱いをいたしておるところ」が立法の根拠なら、この当時もノルウェー、ソ連邦、多くの東欧諸国など婚外子相続分差別をしない国も多数存在し、日本から独立した大韓民国でも親の子としては同じという至極当たり前の理由で婚外子相続分差別をしなかった。
現在では国際人権自由権規約、子どもの権利条約に明文で出生の事情による差別を禁じ、世界190カ国が批准しているので、婚外子相続分相続差別を法制度として維持する国は、法務省によると日本とフィリピンの二カ国のみとなった。もはや外国の例を持ち出す立法根拠は失われたのである。

第159 回- 衆議院 - 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会 - 平成16年02月19日において、中央大学(法科大学院開設準備室)教授内野正幸氏は『〔改訂版レジュメ〕現憲法下で差別撤廃策の推進を』において、「いわゆる非嫡出子、婚外子への(法制度上の)差別は(形式的差別にあたり)違憲である。」と、明言している。民法900条4号は現行憲法制定時より違憲であると答申されている。

以上述べたように、被告国等の主張する民法における差異は家制度に基づく女性差別規定、人権侵害規定にしかすぎず、以下のとおり国際社会から厳しく批判されているところである。

市民的及び政治的権利に関する国際規約(日本国報告書審査1993年)
C.主な懸念事項及び勧告
11.当委員会は、婚外子に関する差別的な法規定に対して、特に懸念をこ有するものである。特に、出生届及び戸籍に関する法規定と実務慣行は、規約第17条及び第24条に違反するものである。婚外子の相続権上の差別は、規約第26条と矛盾するものである。

経済的社会的及び文化的権利に関する国際条約日本国審査 2001年
35.委員会はまた、締約国が、規約に関する知識、意識および規約の適用を向上させるため、裁判官、検察官および弁護士を対象とした人権教育および人権研修のプログラムを改善するようにも勧告する。
41.委員会は、締約国に対し、近代社会では受け入れられない「非嫡出子」という概念を法律および慣行から取り除くこと、婚外子に対するあらゆる形態の差別を解消するために緊急に立法上および行政上の措置をとること、さらに当事者の規約上の権利(第2条2項および第10条)を回復することを促す。
(外務省注:訳文中の「締約国」は、日本を指す。)

ユニセフは「日本の婚外子差別」を「UNICEF - Child protection - Discrimination 」(国連の認識する子どもに対する差別)の6大項目の一つに挙げ、「Birth status」(出生による地位)による差別として取り上げている。

http://www.unicef.org/protection/index_discrimination.html

「Birth status: In Japan, children born out of wedlock are only entitled by law to inherit half of what children born in wedlock receive.」

「出生による地位;日本では婚外子は法制度によって婚内子の半分の相続分しか認められていない。」

残り5項目は「Gender」(性別による差別)「Disability」(障害)「Ethnicity and race」(人種・民族) 「Caste」(カースト)「HIV/ AIDS」(エイズ)である。

ユニセフは世界六大差別の一つとして日本の婚外子差別を認識しているのである。国際人権水準において、婚外子に対する法制度上の差別などまったくありえないことであり、未だ日本が近代民主主義社会たり得ていないという証明でしかない。国際社会において、国民にこのような不名誉な地位を強いることは、まったく被告国等の怠慢の結果である。
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原告側 準備書面(1) 2005年7月7日付
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3.婚外子戸籍続柄差別の具体的あらわれ

被告国等は戸籍続柄について嫡出子について「長男・長女」式にし、婚外子について「男・女」としたのは、民法における差異を戸籍に反映したにしかすぎないと言いたいようである。しかし、戸籍法 第13条 4 において要求されているのは「実父母の氏名及び実父母との続柄」であって、異なる記載を要求されてはいない。

にも関わらず、何故に戸籍続柄に上記の差異が生じたかは以下に述べる通りである。

第1回 - 参議院 - 司法委員会 - 20号 昭和22年08月29日

○政府委員(奧野健一君)

次に七百七十九條、ここでちよつと御注意申したいのでありますが、現行法で「第二款嫡定ニ非サル子」というような見出しがあり、それから「庶子」という字が現在の八百二十七條の第二項にあるのでありますが、この庶子という言葉は余り適当でないので、即ち「庶子」という文字は削除いたしたのであります。すでに「私生子」という字はなくなつて、「庶子」という言葉だけが残つておりましたが、子の名誉のために庶子という言葉も今回無くなしたのであります。ただ「嫡出の子」と「嫡出でない子」という二つだけあるのでありますが、嫡出でない子というのも実は余り賛成しないのでありますが、それは止むを得ないと考えまして、「嫡出でない子」というのを使いますが、「庶子」、「私生子」というのは廃めたわけであります。そこで七百七十九條は現在の八百二十七條の第一項に該当するわけであります。第二項は今申しましたように「庶子」という言葉をなくしたわけであります。



「嫡出でない子というのも実は余り賛成しない」と述べているように子の名誉の為に「庶子」「私生子」という言葉を廃止したのであれば「嫡出でない子」という差別語を新たに用いるのは矛盾でしかない。また、「嫡出でない子というのも実は余り賛成しない」のであれば、戸籍法で要求されてもいない続柄の差別記載を無批判に肯定することはより一層許されないのは言うまでもない。

そもそも続柄とは、親族関係を表す呼称であり、子について「長男、長女」という言い方はあるが、「男、女」という言い方は一般には存在しない。ではなぜ、一般にはない呼称になったかというと、国会質疑で明らかなように、明治民法における「庶子」、「私生子」という呼称が昭和22年の民法改正時に子にとって不名誉で不適切とされ、それらの呼称が廃止されたためである。(私生子については昭和17年に廃止。)

子の不名誉になるとした呼称の廃止に伴って、戸籍続柄欄に記載されていた、「庶子男」、「私生女子」等の、「庶子」、「私生子」という記載が塗抹された。「庶子」「私生子」という親族関係を示す部分が消されたので、「男・女」という部分のみが残存したにしか過ぎないのである。

その結果、婚外子について親族関係をまったく表さない記載になってしまったのである。すなわち敗戦直後の応急処置がそのまま放置され、それが被告国等の怠慢によって維持されてきただけのことである。

なお、「私生子」等の不適切な語句は新民法下で塗抹の対象となったが、消し忘れた不適切な語句はいまだに除籍謄本などにみえる。このような塗抹作業の際に消し忘れた不適切な語句は現在でも、役場の係員に申告すれば塗抹される。

婚外子について親族関係にふさわしい呼称を続柄として採用する義務を、被告国等は怠ってきたと言うべきである。その結果、国民各位の身分関係を公証するという戸籍において婚外子については親族関係にふさわしいとは言えない続柄が与えられたことによって、婚外子が行政の配慮に値しない存在であると印象付ける効果が発生し、婚外子差別を拡大再生産しているのである。

2004年3月2日の平成一一年(ワ)第二六一〇五号 戸籍続柄記載訂正等請求事件(戸籍続柄裁判)原告等のホームページによると、

http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2255/page040.html

法務省は原告等が全ての続柄記載を「男・女」とするようにと要求する交渉の席上、『「男・女」は性別なので受け入れがたい、なぜなら婚外子がヨーロッパのように30%、40%もあれば婚外子の「男・女」の続柄に統一できるが、日本では1、8%という少ない数字で、100万人ぐらいしかいない。そのため「男・女」が婚外子の続柄であっても婚内子に当てはめた場合は続柄とは言えなくなる』と述べ、「男・女」という記載が続柄として相応しくないことを自ら認めている。また、およそ親族関係を現さない続柄が婚外子に強制された事によって、あたかも婚外子が家族の一員でないかのような偏見が蔓延したと言える。

このような自己の怠慢の結果であり、性別にしかすぎず、続柄とは言えないと自ら認める「男・女」という記載を、被告国等が民法、戸籍法と関連付けて、なんらか合理性があるものの如く主張することは失当である。

第113回- 衆議院 - 内閣委員会 - 11号 昭和63年11月08日

○森園幸男(人事院事務総局任用局長)政府委員 採用試験につきます各試験種目ごとに実施要領を定めておるわけでございますが、その中でただいまの事項に関する部分を読み上げますと、次の事項については質問しないこととしておりまして、「一、受験者の信条、支持する政党、尊敬する人物 二、家庭の資産、住居状況、家族の職業、収入等の家庭環境 三、受験者の嫡出・非嫡出の別、本籍地」以上でございます。



上記の公務員の採用試験についての政府答弁にあるように、婚外子については就職などの社会的差別があり、「受験者の嫡出・非嫡出の別」が採用か否かに関わるから質問しないというような状況が存在しているのである。このような差別意識の原因に戸籍続柄の差別記載があり、またその記載がおよそ親子関係を表すにふさわしくないものであることも差別を助長してきたのである。

公開が原則である戸籍に当事者の不利益となり、すなわち社会的差別の原因になる情報が含まれることは、プライバシー権の侵害はいうに及ばず当事者である婚外子の名誉感情、自尊感情を著しく傷つけるものである。

この続柄の差別記載は戸籍との連動性を言い立てて、住民票の続柄欄に差別記載がなされ、またそれを根拠に選挙人名簿、健康保険証の続柄欄にも差別記載がなされていた。当たり前にも住民票、選挙人名簿、健康保険証に嫡出か否かを公示する必要性はなんらない。続柄差別をすることによって一般社会の婚外子差別を助長し、差別意識を強化することによって婚外子に対する差別法制度を国民に受け入れさせる役割をはたしてきたのである。戸籍続柄差別はこれらの続柄差別の元凶であったのである。一般社会に蔓延する婚外子に対する蔑視感情の震源とも言うべき戸籍続柄の差別記載が、原告の関連する戸籍に維持されることに、原告が強い不快感を持つのは当然である。

また、戸籍続柄は単に戸籍に記載されるだけでなく、続柄そのものの記載を公的書類等に要求されるものである。

婚姻届に父母欄・続柄欄を設けているので、婚外子については続柄差別記載があることによって、婚姻の成立の条件が憲法24条のいう「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」することはなく、「差別のある社会的身分であることをあからさまにする」ことなしに成立しない。すなわち、続柄差別記載の結果、婚外子については、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」しないのである。婚姻するのは本人であって父母ではないので、婚姻届けに父母欄・続柄欄は必須であるとは思えない。しかし、現状はこれらの記載を求めているばかりでなく、日常的に認識されているように「長男・長女」式に書けば「長・二」等を赤ペンで×で消すことを婚外子は衆人環視の中、自治体の窓口で強要されてきた。

このように、続柄差別記載は結果として憲法24条に違反し、法律婚を疎外している。法律婚の成立時に婚外子を侮辱することが「法律上の婚姻によって成立した利益に対する保護を優先する」ことに合致するはずもない。

また、父母の死亡届を提出する際にも、欄外に故人との続柄の記載を求める慣行がある。婚外子は孝養を尽くして父母を看取ったあげくに行政によって自身になんら責任のないことで名誉感情を傷つけられるという環境に置かれてきたのである。

実際、戸籍続柄は実に広範囲な分野で記載を求められているのである。

第159 回- 衆議院 - 議院運営委員会 - 22号 平成16年04月09日

○武部委員長 次に、議員秘書の氏名等の公表に係る各会派申合せの件についてでありますが、これは、透明性確保の観点から、議員秘書の勤務実態等について各党各会派が衆参両議院共通に情報の公開を進めるものであります。

 申合せ案文を朗読いたします。

    議員秘書の氏名等の公表に係る各会派申合せ(案)

  衆議院議員の公設秘書(以下「議員秘書」という。)の氏名等の公表について、次の事項を確認し、申合せを行う。

 一、各会派は、その所属議員に係る議員秘書について、別に定める共通の様式により、氏名、議員秘書の区分、議員秘書に係る議員の氏名、議員秘書が当該議員の三親等内の血族の場合における続柄、勤務地及び採用年月日を公表すること。



婚外子の続柄について、プライバシーの侵害であると判示されたのは、2005(平成16)年3月2日であり、上記国会質疑と近接している。また、同時期国会においては婚外子の戸籍続柄の差別記載についての質疑が複数行われている。

第159回 - 参議院 - 決算委員会 - 3号 平成16年03月08日

○円より子君  さて、先般、戸籍について、続き柄についての東京地裁での判決がございました。この件について少しお話をさせて、質問させていただきたいんですが、子供を産みたい人たちもいるし、そしてそれをためらっている人たちに喜んで産んでもらえるようなそういう社会環境作りが必要なのは、もちろん今までお話ししたとおり言うまでもありませんけれども、じゃ、生まれた子供たちが児童虐待に遭ったり、また、児童虐待に遭わなくても、人権をしっかり大事にされているかというと、どうもそうは思えない節があって、日本って余り有権者でない子供たちが大事にされないのかなと思わないではないんですが。

 実は、戸籍に長女、長男と書かれるケースと、ただ子と書かれる、子供の子だけなんですが、子というふうに書かれるケースがあるんですが、その子と書かれるケース、総理、そういうケースあるのを御存じでしょうか。

 総理、御存じかと聞いただけですので。

○内閣総理大臣(小泉純一郎君) 知っております。

○円より子君 はい。済みません。
 では、法務大臣、よろしくお願いします。

○国務大臣(野沢太三君) 円先生には、かねてから女性問題あるいは家族問題につきまして御造詣が深く、また、今回も戸籍の問題につきまして御関心をいただきましたことを感謝いたしております。

 御指摘のその裁判所の判断……

○円より子君 まだ質問していないんですけれども。御存じかだけで、あと質問していませんけれども、まだ。

○国務大臣(野沢太三君) ああ、そうですか。
 今の点はよくわきまえておりますので。

○円より子君 済みません。
 それで、私の質問は、そうした法律的に夫婦となっていらっしゃる方の子供さんは長女とか長男というふうに書かれるんです。ところが、事実婚の御夫婦の子供さんは子としか書かれない。前には住民票にもそういうふうになっていたんですが、これは変わったわけですね。今回、戸籍の場合の続き柄のところも、子供にとって大変な不利益を被るので、ここを改めてほしいというようなそういう裁判があって、そしてその裁判の判決が出たわけですけれども、それに対してはプライバシー権の侵害という、この区別の記載は戸籍制度の目的の必要限度を超えてプライバシー権の侵害ではないかというような初判断が下されたというふうに聞いておりますが、今後、行政の方ではこれを改めていくようなそういった検討はなさっているのか、このままのままでいいと大臣は思っていらっしゃるのか、お伺いしたいと思います。

○国務大臣(野沢太三君) 今度は御質問にお答えします。

 御指摘の裁判所の判断につきましては、これは私どもとしては真摯に受け止めまして、よりプライバシーの保護に配慮した続き柄の記載の在り方を検討してまいりたいと考えております。そろそろこの辺は前進させるべきときが来ていると思っております。

第159 回- 参議院 - 予算委員会 - 6号  平成16年03月09日

○福島瑞穂君 是非立法化をよろしくお願いします。
 次に、婚外子差別についてお聞きをします。
 両親が結婚届を出していない子供の差別の問題で三つ。相続分の差別の撤廃と、二つ目は、先日、三月二日、東京地裁で出ました戸籍の続き柄欄の差別の問題、三つ目が、胎児の間に認知をすればお父さんが日本人であれば日本国籍がもらえるけれども、子供が生まれた後に認知をしても日本国籍は取得できません。
 この三つの点については、子どもの権利に関する条約の委員会や女性差別撤廃委員会から勧告を受けております。判決も出ました。いかがでしょうか。

○国務大臣(野沢太三君) まず、このプライバシーに関する東京地裁の判決からお答え申し上げますが、お尋ねの戸籍の続き柄欄における現行の取扱いは、嫡出児においては、その出生の順に例えば長男、次男あるいは長女、次女と記載し、非嫡出児については男又は女と記載することとしております。
 三月二日の東京地裁判決において、非嫡出児であることが強調されることがないようにすべきである旨の判示がされたことを真摯に受け止めまして、これを非嫡出児についても嫡出児と同様、長男、次男、長女、次女と記載するよう、その記載の方法を改善する方向で現在戸籍法施行規則等の改正を検討中でございます。



婚外子続柄差別記載が当の国会で質疑されているにも関わらず、2004(平成16)年04月09日 衆議院議院運営委員会 - 22号 においては、「議員秘書の勤務実態等の情報を公開する」として当たり前のように「続柄」の記載をもとめている。このように婚外子続柄差別にまったく無自覚なまま、社会生活の広範な領域で続柄の記載が要求されてきた。その結果、婚外子は婚外子であることを表明することに起因する社会的差別を避ける必要性から、社会生活を抑制せざるを得なくなるのである。

また、法務局ホームページによると、法務局は不動産の遺産相続において相続人の戸籍謄本を要求している。

http://info.moj.go.jp/manual/1231/PAGE002.HTM

これは原告の実母と前夫が近親者の不動産を遺産として相続をする際には、原告が関係しない場合にも、必ず原告の戸籍続柄の差別記載が流出するということである。

このように婚外子についての続柄は嫡出子と異なる記載であったのみならず、従来の「男・女」という続柄の記載の仕方そのものが、不適切なものであり、プライバシーが侵害されるばかりでなく、様々な社会的差別の温床となり、婚外子の社会生活を抑制し、婚外子の名誉感情、自尊感情を著しく毀損してきた。またその不適切な記載が行政等によって強制されることによって、社会的差別が拡大再生産されてきたのである。

「庶子」等の不適切な語句は新民法下で塗抹の対象となり除去されたように、「男・女」という婚外子差別を助長する不適切な続柄も完全に除去されるべきである。

原告は親子関係を表すのに相応しくないと被告国等が認めた続柄の差別記載が自身の死後も80~100年にわたって維持されることを通告された。この事に原告が、甚大な精神的苦痛を感じるのは人間として当然である。よって、謝罪と賠償を命じる判決を要求するものである。
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原告側 準備書面(1) 2005年7月7日付
2005 / 10 / 14 ( Fri )
4.まとめ

およそ「行政の配慮」とは行政府のほしいままの恣意に委ねられているものではない。憲法の理念に適う物でなければならないのは自明のことである。

行政は公務員によって行われ、公務員は
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
のである。基本的人権を擁護する義務を負うのである。

しかし被告国等は、原告の関連する戸籍に自ら不適切であり、プライバシーを侵害すると認めた続柄差別記載を維持すると決定した。しかも、準備書面において、そういう決定をした「行政の配慮」がどのような論理で基本的人権の尊重を求める憲法の理念に適うのかについて、まったく開陳していない。

被告国等は婚外子の基本的人権を法と行政慣行等のあらゆる局面で蹂躙することによって、婚外子は社会関係の全ての局面で差別されて当然であるとの国としての規範を示してきた。その結果社会一般に婚外子に対する差別意識が醸成され、またその意識を国は立法の根拠としてきた。国民が持つように仕向けられた差別意識を立法の根拠とすることによって、立法不作為、国際法違反等の責任を国民の意識に転化してきたのである。

このような連関の中で憲法の理念をないがしろにする本件に関わる「行政の配慮」が被告国等によってなされたのである。

被告国等が行政実務慣行において婚外子の基本的人権そのものをないがしろにしていることは、一般的に広く国民に認識されている。
だからこそ2005(平成17)年にいたっても、国権の最高機関である国会において、国民の代表である国会議員が行政に適切な取り扱いをもとめる時に、「ちゃんと嫡出子として扱っていただかないと困る」という比喩をもちいるのである。

第162回 - 衆議院 - 農林水産委員会 - 6号  平成17年03月30日
篠原  孝君 ですから、今、学校給食について、論理的に考えるべきです。
 きらら三九七、そんなにうまくないなんて言っちゃ悪いかもしれません。それで北海道は、週三回、米飯給食をしている。そうしたら、道東の人たちは週二回のパン給食を北海道の小麦でなぜしないんだと言っていいはずなんです。そして、それをバックアップすべきなんです。
 別にけちをつけるわけじゃないです。高い米、米粉、これはもともと高いものを、粉にしたらまた金がかかって、それで米でパンなんというのはどだいおかしいんです。そっちじゃなくて、麦も、まま子扱いせずにちゃんと嫡出子として扱っていただかないと困るわけです。それを、先ほど申し上げましたように、米の邪魔者みたいに、今せっかくふえてきたら、再び邪魔者扱いし始めているのが現実じゃないかと思います。

そうではなく、被告国等が言う「行政の配慮」が、憲法の理念に適うものであるとするのであれば、それを詳細に論証すべきである。
自らプライバシーの侵害であり、不適切であるとして雛形から消除した婚外子続柄差別記載を原告の関連する戸籍に維持することが、現行憲法下の「行政の配慮」において求められていることを開陳する責任を被告国等は負うものである。

また、
第129回 - 衆議院 - 決算委員会第一分科会 - 1号 平成06年05月26日

○栗原 裕康分科員 この戸籍でわざわざちゃんと記載事項のところにかなり詳しく書いてあるのにもかかわらず、何も、どうしてそんなに明瞭にする必要があるのか。この相続とか親権とか認知とかというのは、これは当然かなり個別の特殊なマターですね。ところが、戸籍はだれでも見ますね。例えば就職とかなんかのときに出すんじゃないですか。……中略………
  むしろ、もしこういう答弁であればある程度わかるのですよ。例えば、正式婚しか日本は認めてはいけないんだ、だから、正式婚以外に生まれた子供は、あるいはそういう家族は、そういう親子は、要するに差別をして世間のために見せしめにするんだ、こういう答弁ならわかる。それは一つの考え方だから。それはどうなんでしょうか。なぜこういうことをするんですか。

と、国会議員の指摘にあるように「差別をして世間のために見せしめにする」ことが、憲法の理念に適うとするならそのことを詳細に論証するべきである。

これらがなされない時には、裁判所に対して原告の関連する戸籍に続柄差別記載が維持されることが、被告国等による原告に対する重大な人権侵害であることを認定し、謝罪と損害賠償を認める判決を求めるものである。
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国側 準備書面(2) 2005年9月30日付
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国側 準備書面(1) 2005年5月27日付
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